2019年11月30日、厚生労働事務次官を務めた村木厚子さんが、自身の人生を大きく変えた「冤罪事件」と、その過酷な日々を支えた「食」について語りました。官僚として、そして母として順風満帆な日々を送っていた彼女を突如襲ったのは、身に覚えのない容疑による逮捕という悪夢でした。
2009年06月、障害者団体向け郵便料金割引制度を巡る事件に巻き込まれた村木さんは、164日間という長期間、大阪拘置所での生活を余儀なくされます。いわゆる「冤罪(えんざい)」、つまり無実の罪を着せられるという極限状態の中で、彼女の精神的な柱となったのは、意外にも拘置所で出される温かな食事でした。
独居房で感じた四季の移ろいと「麦ご飯」の温もり
窓のない畳2畳ほどの独居房。外部との接触が遮断された世界で、食事は唯一「季節」を運んでくれる存在だったといいます。秋にはサンマの丸焼きが登場し、祝日にはおはぎが添えられる。村木さんは、栄養バランスが整った一汁三菜の献立に、深い感謝の念を抱きながら黙々と箸を進めました。
特に彼女の記憶に残っているのが、温かな「麦ご飯」です。麦ご飯とは、白米に大麦を混ぜて炊き上げたもので、食物繊維が豊富で独特のぷちぷちとした食感が特徴です。厳しい環境下でお腹の調子を整えてくれたこの一杯が、彼女の健康と、何より「食べていれば大丈夫」という前向きな心を維持させたのでしょう。
SNS上でも「村木さんの強さの源が、質素ながらも温かい食事にあったという話に胸が熱くなる」「極限状態での食の重要性を再認識した」といった、彼女の精神力の強さと食への向き合い方に共感する声が多く上がっています。
失われた感情と「ガラスが割れる音」が告げた復活
2009年11月にようやく保釈され、新幹線で家族と飲んだ缶ビールの味は、自由の尊さを象徴する忘れられない味となりました。しかし、2010年09月に無罪が確定し、官僚として復帰した後も、彼女の心には「不自然な静寂」が続いていました。大きな喜びも悲しみも感じられない、プレッシャーによる麻痺状態です。
事件から約1年半が経過したある日、頭の中で「パリン」とガラスが割れるような音が聞こえ、ようやく本来の感情が戻ってきたと彼女は振り返ります。このエピソードからは、冤罪がいかに深く人間の魂を傷つけるものであるかが痛切に伝わってきます。私は、国家権力による誤りが一人の女性の心をここまで追い詰めた事実に、強い憤りを感じずにはいられません。
拘置所での風景から、生きづらさを抱える女性たちの支援へ
現在、村木さんはその経験を糧に、新たな使命に燃えています。拘置所で配膳を担当していた受刑者の少女たちが抱える背景を知り、彼女は「福祉」の重要性を痛感しました。現在は、困難な状況にある若い女性を救う「若草プロジェクト」の呼びかけ人として活動されています。
自らが味わった苦難を、社会の不条理と戦う力に変える。その姿勢は多くの人々に勇気を与えています。最後に、彼女が愛する「家族への手作りコロッケ」という理想の食卓が、これからも穏やかに続くことを願ってやみません。
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