2019年6月8日、5年後の紙幣刷新のニュースが世間を賑わせる中、その新千円札の肖像となる人物にゆかりの深い場所が、改めて注目を集めています。国内有数の生命科学研究拠点である東京大学医科学研究所(東京都港区)です。この研究所の前身である伝染病研究所(伝研)の初代所長を務めたのが、まさに「日本近代医学の父」と称される北里柴三郎博士なのです。
所内、表門をくぐってすぐの場所には、赤レンガ造りの近代医科学記念館があります。これは、伝研時代に治療用の血清(けっせい:血液から細胞成分や凝固因子を除いた液体成分で、抗体などが含まれ、かつては感染症治療に用いられました)を製造するために飼育されていた馬の小屋をモチーフにしているそうです。三角屋根の開放的な空間にはカフェも併設されており、北里博士以降の貴重な資料が展示されています。
記念館の館長である北村俊雄教授は、「実はお札に縁のある関係者が多いのです」と解説されています。北里博士は、ドイツで師であるロベルト・コッホ博士のもと、破傷風菌(はしょうふうきん:傷口などから体内に入り、毒素によって全身の筋肉が麻痺する感染症の原因となる細菌)の研究で大きな功績を挙げた後に帰国しましたが、その研究所設立のために土地と建物を東京・芝公園内で提供したのは、なんと新一万円札の顔となる福沢諭吉でした。福沢先生の多大な支援を受け、伝研は1892年(明治25年)に私立の研究所として船出を果たし、一時期は野口英世博士も在籍していたという、まさに日本の医学史における重要な舞台だったのです。
血清療法をはじめとする目覚ましい功績が認められた伝研は、その後、内務省の所管する国立研究所となり、1905年には現在の場所へと移転しました。しかし、その9年後の1914年、一つの重大な出来事が起こります。それが、記念館にも写真とともに展示されている「北里一門総辞職」です。伝研の所管が内務省から文部省(現在の文部科学省)へ移管されることになった際、北里博士は技師たちとともに研究所を去る決断をしました。その背景には、国民の衛生行政に関わる事業は内務省が所管すべきだという博士の確固たる信念があったとされています。北村教授は、「ドイツ留学中などにお世話になった内務省への恩義も感じていたことでしょう」と、当時の北里博士の胸中に思いを馳せていらっしゃいます。
すでに60歳を超えていた北里博士でしたが、決して立ち止まることはありませんでした。自身の私財を投じて北里研究所(東京都港区)を設立し、さらに創設された慶応大学医学部の初代学部長にも就任されました。孫にあたる同研究所顧問の北里一郎さん(86)は、「福沢先生のおかげで今の自分がある、と常々頭にあったようです」と、福沢諭吉先生への感謝の念が生涯を通じて博士の中にあったことを証言されています。このエピソードからは、北里博士が科学者であると同時に、人との絆や恩義を何よりも大切にする、人間味あふれる人物だったことが伝わってきます。
喫煙を即座に断った北里博士のストイックな一面
北里博士のストイックな人柄を物語る、興味深いエピソードがあります。1908年、博士の師であるコッホ夫妻が来日された際のことです。北里博士は喜び勇んで港まで出迎えに出向きましたが、近づいてくる師の表情は険しく、くわえタバコを見とがめられたコッホ博士から、「喫煙はやめなさい!」と激しく叱責されたといいます。師の言葉を重く受け止めた北里博士は、すぐさま妻に対し「家からタバコに関するものは全て捨ててくれ」と命じ、それ以来、生涯にわたり一切タバコを吸わなかったそうです。江戸時代から昭和にかけて生きた北里博士は、当時としては大変な長寿である78歳で亡くなりましたが、孫の一郎さんは「禁煙もその一因でしょう」と語っておられます。
感染症から最先端へ!医科研が挑むゲノム医療の未来
北里博士がその礎を築いた東大医科学研究所は、戦後の衛生状態の改善に伴い、研究領域を感染症にとどめず、がんや免疫疾患(めんえきしっかん:病原体などから体を守る免疫システムの異常により起こる病気)へと広げていきました。そして現在は、ゲノム医療(がんなどの病気に対する治療法や薬の効果を、個人の持つ遺伝情報、すなわちゲノム情報に基づいて最適化する医療)や遺伝子治療など、世界をリードする最先端の研究に取り組んでいます。発足当初は30人程度にすぎなかった陣容も、今や1000人近くにまで拡大しているとのことです。
SNS上では、「北里博士がタバコをやめた話、初めて知った。ストイックさが桁違い」「北里博士、福沢先生、野口先生と、偉人が集う場所だったんだな」といった、歴史上の偉人たちの意外な一面や、伝研が日本の医学史に果たした役割に驚きと感銘を示す声が多く見られました。北村教授は、「北里先生のように、面白いと思うことに一生懸命、継続的に取り組むことの大切さを若い世代に伝えていきたい」と語っていらっしゃいます。北里博士の飽くなき探求心と、時代とともに進化し続ける東京大学医科学研究所の活躍は、日本の生命科学の未来を明るく照らし続けるでしょう。
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