私たちの心の中に潜む、まだ名前のない「もやもや」とした感情。それが一つの「ことば」によって定義された瞬間、爆発的な消費のうねりが生まれることをご存知でしょうか。2019年10月下旬、神戸学院大学にて日本最大級の消費者行動研究の祭典「日本消費者行動研究学会」が開催されました。
今回の統一論題である「文化と消費者行動・マーケティング」では、言語がいかにして市場を創造するのかという刺激的な議論が交わされました。SNS上でも「自分がなぜそれを欲しかったのか、言葉にされて初めて気づいた」といった共感の声が相次ぎ、現代の消費心理を読み解く鍵として大きな注目を集めています。
曖昧な世界を切り出す「ことば」の魔法
一橋大学の松井剛氏は、メディアが発信する言葉が消費者のニーズを再認識させるプロセスを解説しました。例えば「癒やし」という言葉が登場したことで、人々は「自分には休息が必要だったのだ」と自覚し、巨大なリラクゼーション市場が形成されたのです。これは、ある種の発明と言えるでしょう。
こうした現象は、近代言語学の父と呼ばれるソシュールの理論でも説明が可能です。中央大学の加賀野井秀一氏によれば、人間は言葉を持つことで初めて、混沌とした世界を整理して認識できるようになります。例えば「狼」という言葉があるからこそ、私たちは「犬」と区別して世界を理解できるのです。
マーケティングにおいても同様で、「草食男子」や「肉食女子」といったキャッチーなフレーズが生まれることで、それまで目に見えなかったライフスタイルが具体的な「市場」へと姿を変えます。言葉は単なる伝達手段ではなく、価値をゼロから生み出す彫刻刀のような役割を果たしていると言えます。
トレンドを創り出す実学とデザインの相互作用
実際に市場を牽引しているのが、甲南女子大の米沢泉氏です。2019年現在も続く「女子」という消費カテゴリーを確立させた第一人者であり、今年は『おしゃれ嫌い』や『筋肉女子』といった新たな視点を提示されました。これらは既存の価値観に一石を投じ、次の消費文化を予感させるものばかりです。
また、世界を舞台に活躍するデザイナーの中西教夫氏は、個人の才能と時代の空気(インタラクション)の重要性を説きました。注目ブランド「VETEMENTS(ヴェトモン)」を例に挙げ、典型的なスタイルを再解釈する手法が、いかに現代の消費者の情緒に訴えかけているかを語られたのが印象的です。
私たちが日常的に触れている流行や商品は、こうした高度な文化的価値の創造の上に成り立っています。機能性だけでなく、「言葉」や「イメージ」が私たちの行動を決定づけているという事実は、これからのビジネスを考える上で避けては通れない、極めて本質的なテーマであると確信しています。
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