2019年11月13日、スポーツ界を揺るがす大きな衝撃が走りました。東京五輪のマラソン競技が、突如として東京から札幌へ変更されることが決まったのです。北の大地への移転により、猛暑への懸念が和らぐことは選手にとって一見喜ばしいはずですが、どこか心に引っかかる重苦しさを感じずにはいられません。
この騒動のきっかけは、2019年9月から10月にかけて行われたドーハ世界陸上でした。過酷な高温多湿の影響で棄権者が続出した事態を重く見た国際オリンピック委員会(IOC)が、土壇場で下した決断です。しかし、東京の夏が厳しいことは何年も前から自明の理であり、このタイミングでの「気づき」には、計画の甘さを指摘する声も上がっています。
SNS上では「選手の命を守るためには英断だ」という肯定的な意見がある一方で、「東京都や現場を置き去りにした独裁的な進め方ではないか」という不信感も渦巻いています。SNSはまさに賛否両論の嵐であり、開催都市との調整を欠いたIOCの強引な姿勢に、多くの人々が疑問の視線を投げかけているのが現状です。
私は編集者として、今回の件で最も欠けているのは競技やアスリートに対する「愛情」ではないかと考えます。五輪は単にスケジュールを消化するだけの事務的な式典ではありません。選手への共感が伴わない決定は、あまりにもいびつです。現場の情熱を無視したままでは、最高のパフォーマンスを支えることはできないでしょう。
過去の教訓から学ぶ真の「アスリートファースト」とは
プロトレイルランナーの鏑木毅氏も、かつて同様の痛みを経験しました。2012年8月に開催された世界最高峰のレース「UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)」での出来事です。160kmの過酷な山岳コースが、悪天候を理由に直前で100kmへと短縮され、競技の性質そのものが大きく変貌してしまいました。
トレイルランニングとは、舗装されていない登山道などを走る競技ですが、距離が短くなることは、経験や忍耐力を武器にするベテラン選手にとって死活問題です。しかし、当時の主催者は「苦渋の決断であること」を真摯に語り、選手への敬意を尽くしました。その誠実な姿勢があったからこそ、選手たちは納得して挑めたのです。
今回の東京五輪はどうでしょうか。暑さ対策のために遮熱性舗装(路面の温度上昇を抑える特殊技術)を施すなど、心血を注いできた関係者の努力は計り知れません。場所を変えるのであれば、まずは多大な犠牲を払った人々への納得いく説明と、誠意ある謝罪が不可欠ではないかと私は強く感じます。
五輪を政治や経済から完全に切り離すことは難しいのかもしれません。それでも、主催者には「スポーツを愛する心」を忘れないでほしいと願います。2020年の本番まで残り1年を切った今、言葉だけではない真のアスリートファーストが、迷走する開催地に光をもたらすことを期待してやみません。
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