帝王マイルス・デイヴィスが破壊した「ジャズの常識」とは?水墨画の美学からロックとの融合まで、時代を先駆ける音楽の革新に迫る

ジャズの歴史を語る上で、マイルス・デイヴィスという巨星の存在を無視することはできません。2019年11月20日現在、私たちが耳にするモダンジャズの礎を築いた彼の足跡を辿ると、常に「既存のルールを壊し、新たな美学を提示する」という飽くなき挑戦の連続であったことが分かります。特に名盤と名高い『カインド・オブ・ブルー』に収録された「フラメンコ・スケッチ」は、ビル・エヴァンスの繊細な感覚が色濃く反映された、まさに時代を変えた一曲といえるでしょう。

この楽曲の土台となったのは、ビル・エヴァンスが自身のアルバムで披露した「ピース・ピース」という曲です。曲の前半部分は複雑な和音の動きがほとんどなく、淡々とコードが奏でられる中で、霧が晴れるように美しいメロディーが浮かび上がってきます。それは聴く者の脳裏に鮮やかな情景を映し出すような、非常に不思議で瞑想的な音楽体験をもたらしてくれます。SNSでも「この静寂こそがマイルスの真骨頂」「夜に一人で聴くと世界が変わる」といった感銘の声が多く寄せられています。

こうした手法は「モード奏法」と呼ばれています。これまでのジャズの主流だった「ビバップ」や「ハードバップ」が、目まぐるしく変化するコード進行(和音の枠組み)に合わせて緻密な即興演奏を行うのに対し、モード奏法は特定の尺度(音階)に基づき、より自由で空間的な広がりを重視します。当時のミュージシャンたちは、あまりに少ない音で表現しなければならないこの新様式に、大きな衝撃と困惑を隠せなかったといいます。

エヴァンスはこの音楽性を、日本の伝統的な「水墨画」になぞらえて解説しました。色彩を削ぎ落としたモノクロームでミニマルな表現は、それまでのジャズが持っていた情熱的でカラフルなイメージを覆し、クールで知的な新しい美意識を確立したのです。マイルスはギル・エヴァンスとのアンサンブルでオーケストラ的な革新を試みる一方で、ビル・エヴァンスという才能を借りて、ジャズの精神性そのものを書き換えてしまいました。

マイルスの破壊衝動は留まることを知りません。1967年に発表された『ネフェルティティ』では、主役がメロディーを吹き、リズム隊が伴奏するという固定観念を根底から覆しました。ここではドラムのトニー・ウィリアムスが主役のように縦横無尽に叩きまくり、フロントの管楽器が同じフレーズを執拗に繰り返すという、役割の逆転現象が起きています。この斬新なアプローチは、現代のジャズシーンにおいても極めて重要な影響を与え続けているのです。

1960年代後半に入ると、マイルスはさらなる未知の領域へと足を踏み入れます。エレクトリック楽器を全面的に導入し、ジミ・ヘンドリクスやスライ&ザ・ファミリー・ストーンといったロックやブラックミュージックの要素を大胆に吸収しました。ジャズに電気楽器を持ち込むことは、当時の保守的なファンからは激しい反発を招きましたが、彼は「音楽のジャンル」という壁など最初から目に入っていなかったのかもしれません。

この時期、プロデューサーのテオ・マセロと共に作り上げた編集技術も特筆すべき点です。スタジオで膨大な演奏を録音し、後から切り貼りして構築する手法は、もはや従来の「作曲」という概念を超越していました。チック・コリアとキース・ジャレットの演奏を交互に配置し、あたかもその場でバトルが起きているかのようなスリルを演出したのです。こうした実験的な試みは、後に1990年代のテクノやポストロック世代の若者たちに熱狂的に受け入れられることになります。

2019年に公開された映画『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』では、ハービー・ハンコックがマイルスの驚くべき柔軟性を語っています。1964年頃のステージでハービーがひどいミスコードを弾いてしまった際、マイルスはそのミスを否定するのではなく、その音を活かしたフレーズを即座に吹くことで、間違いを「新しい響き」へと昇華させてしまったというのです。ミスさえも創造の糧にするその姿勢には、音楽に対する底知れない信頼と愛情を感じずにはいられません。

「俺の音楽をジャズと呼ぶな」というマイルスの言葉は、決して傲慢さから出たものではないでしょう。彼はただ、美しいもの、新しいものに対してどこまでも純粋でいたかっただけなのだと思います。常識という名の檻に囚われることなく、常に進化し続けたマイルスの精神は、今を生きる私たちに「自由であることの勇気」を教えてくれます。ジャンルの枠を超えて響き続ける彼の音色に、改めて耳を傾けてみてはいかがでしょうか。

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