日本の名門メーカーである東洋紡が、攻めの姿勢に転じました。同社は2019年11月21日、タイの化学巨大企業であるインドラマ・ベンチャーズと協力し、自動車用エアバッグの心臓部ともいえる「原糸」の生産に乗り出すことを発表したのです。100億円規模という巨額の投資を行い、2020年度中の稼働を目指してタイに新工場を建設します。
今回の決断の背景には、2018年に発生した福井県敦賀事業所での火災という苦い経験がありました。失われた国内設備に代わる拠点を、成長著しい東南アジアに設けることで、負の遺産を未来への布石へと鮮やかに塗り替えようとしています。SNS上でも「災い転じて福となす戦略だ」「タイを拠点にするのは賢明な判断」といった期待の声が寄せられています。
注目すべきは、東洋紡が誇る圧倒的な技術力でしょう。同社が手がける「原糸」とは、エアバッグを形作る生地の素材となる非常に強靭な糸のことです。タイヤの補強材開発で培ったノウハウを活かし、表面加工なしでも高い気密性を保てる独自の布を生み出す力を持っています。この技術は、万が一の際に瞬時に膨らむ安全装置において、命を守る信頼の証となります。
世界市場を見渡すと、インドをはじめとする新興国で自動車の安全規制が急速に強化されています。これに伴い、エアバッグ市場は年率6〜7%という高い成長が見込まれています。東洋紡は生産コストを国内より10〜20%抑制できるタイに拠点を移すことで、東レなどの強豪ライバルがひしめく国際市場での価格競争力を一気に高める戦略を打ち出しました。
かつて製造業で国内首位に君臨した東洋紡ですが、近年は構造改革の痛みに耐える時期が続いていました。しかし、2011年に一連の改革を終えたことで財務体質は劇的に改善しています。2019年3月末時点の純有利子負債倍率は0.93倍まで低下しており、2001年当時の5倍超という数字と比較すれば、その健全性は一目瞭然と言えるでしょう。
それでも、単独での巨額投資には慎重さが求められるのが現実です。そこで選んだのが、潤沢な資金力を誇るインドラマ社との共闘でした。同社の2018年12月期の純利益は約950億円に達し、世界的なネットワークを持っています。自社の技術とパートナーの資本を融合させるこの「合弁」手法は、リスクを抑えつつスピード感を出すための賢明な選択です。
東洋紡は、2022年3月期までにエアバッグ生地のシェアを23%まで引き上げる目標を掲げています。これは2019年3月期と比較して約10ポイントもの大幅な上昇を狙う、非常に野心的な計画です。将来的には世界シェア3割という王座を見据えており、産業マテリアル事業の売上高も790億円規模へと成長させる青写真を描いています。
日本、中国、米国、ドイツに次ぐ「第5の拠点」としてタイが加わることで、同社のグローバル供給網は盤石なものとなるでしょう。伝統ある日本の技術が、新興国のダイナミズムを追い風にして世界中を駆け巡る日はもうすぐそこです。逆境を跳ね返し、再び世界の頂点を目指す東洋紡の動向から、今後も目が離せません。
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