1994年、ファンケルがサプリメント事業に乗り出した当時、業界には激震が走りました。創業者の池森賢二氏は、それまで1万円以上したローヤルゼリーを、わずか2900円という衝撃的な価格で発売したのです。あまりの安さに「うどん粉で増量している」という事実無根の噂が流れたり、身の危険を案じる忠告を受けたりしたといいます。しかし、池森氏は適正な原価計算に基づき、消費者の利益を最優先する姿勢を崩しませんでした。
「もっと高く売った方が信用される」という社内の声を押し切り、池森氏は価格を抑え続けました。この信念こそが、怪しいイメージのあった健康食品を、現在の「サプリメント」という健全な文化へと昇華させた原動力です。専門用語としてのサプリメントとは、食事で不足しがちな栄養素を補う「栄養補助食品」を指しますが、池森氏はこの言葉を日本に定着させた立役者といえるでしょう。
1996年には、読売巨人軍の原辰徳さんを広告キャラクターに起用しました。原さんの爽やかで誠実なキャラクターは、健康食品に対するネガティブな印象を払拭するのに大きな役割を果たしたのです。SNS上でも「原さんの広告を見てファンケルを信頼し始めた」という当時のファンの声が散見され、その好感度の高さがうかがえます。池森氏の戦略は、商品力だけでなくイメージ戦略においても非常に緻密でした。
サービス面での革新も目覚ましく、池森氏は共働き世帯の増加に着目しました。不在時でも受け取れるよう、パッケージの厚みを3センチ以内に抑えた「ポストサイズ」の開発を断行したのです。さらに日本通運と提携し、指定の場所に荷物を置く「置き場所指定サービス」も開始しました。こうした徹底したユーザー目線の追求により、1994年には年商300億円を突破する急成長を遂げています。
通信販売にこだわってきたファンケルに転機が訪れたのは、百貨店「丸井」からの熱烈な出店依頼でした。鮮度を重視する池森氏は当初断り続けていましたが、丸井の女性担当者が涙ながらに訴える情熱に打たれ、店舗販売の実験を決意します。1995年3月、静岡市内にオープンした1号店は、宣伝一切なしにもかかわらず、雨の中で客足が絶えないほどの大盛況となりました。
手応えを掴んだ池森氏は、1996年3月に丸井新宿店への出店を果たします。隣には名だたる大手化粧品メーカーが軒を連ねる厳しい環境でしたが、わずか数か月でその大手の売上を抜き去るという快挙を成し遂げました。現場のスタッフたちが隣の店舗に配慮しつつ、裏側で喜びの握手を交わしたというエピソードは、ファンケルの勢いと池森氏の経営哲学が勝利した瞬間を象徴しています。
私は、池森氏の経営姿勢こそが現代のビジネスに必要な「誠実さ」だと考えます。既存の業界ルールに縛られず、原価に見合った適正価格を提示することは、短期的には敵を作りますが、長期的には消費者の圧倒的な信頼を勝ち取ります。自ら新しい市場を切り拓き、不便を解消し続けるその姿勢は、時代を超えて多くの起業家やビジネスパーソンに勇気を与えるのではないでしょうか。
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