ファンケルが挑む「サプリメント革命」の幕開け!高価な健康食品を誰もが手に取れる当たり前の存在へ

自らの体を蝕んでいた口内炎を劇的に改善してくれた「ローヤルゼリー」との出会いが、ファンケル創業者・池森賢二氏の新たな闘志に火を付けました。1986年(昭和86年)、池森氏は蜂研の山田行夫社長と深い親交を結び、ローヤルゼリーや中国茶の販売をスタートさせます。山田氏は「蜂針治療」の権威でありながら、病に倒れ志半ばで第一線を退いた人物でした。

療養中の山田氏を訪ねた池森氏が耳にしたのは、当時の健康食品業界に対する痛切な叫びでした。「日本人の乱れた食生活を補うべき健康食品が、あまりに高価すぎる」という嘆きです。1980年代当時、ローヤルゼリーや高麗人参といえば豪華な木箱に入れられ、数万円という高値で取引されるのが常識でした。どこか「怪しい」というイメージが先行していたのも事実です。

一方で、米国では「サプリメント」という呼称で、手軽に栄養を補う文化が根付いていました。これを知った池森氏の中に、強い使命感が芽生えます。山田氏の夢を引き継ぎ、高品質なものを適正価格で届ける決意を固めたのです。この情熱が、後に販売価格を9800円から2900円へと大幅に引き下げる、業界の常識を覆す価格破壊へと繋がっていきます。

SNSでも「昔の健康食品は確かに高くて怪しかった」「ファンケルが価格の基準を変えたのは画期的」といった、今のサプリメントブームの礎を築いた功績を称える声が多く見られます。池森氏はすぐさま優秀な研究員をスカウトし、食品研究所を設立しました。世の中の「不安・不満・不便」を解消するというファンケルの理念は、こうして健康食品分野にも浸透したのです。

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急成長の裏側にあった熱狂と予期せぬ品質トラブル

化粧品事業も1987年(昭和62年)から送料無料や割引制度を導入したことで、成長スピードは加速の一途を辿ります。テレビ番組への提供やイメージキャラクターの起用により、注文は殺到しました。夜遅くまで本社ビルに明かりが灯り続ける様子は、近隣の経営者から驚嘆されるほどでしたが、その急成長の裏で、外部委託先での品質トラブルという壁が立ちはだかります。

シャンプーなどの生産を委託していた企業で不良品が相次ぎ、池森氏自ら現場へ乗り込みました。そこで目にしたのは、異業種から参入したゆえの甘い品質管理体制でした。しかし、この危機は意外な展開を見せます。累積赤字に悩む親会社から、会社の買収を打診されたのです。まさに「渡りに船」の状況が、池森氏の次なる秘策を後押しすることになるでしょう。

私は、この池森氏の姿勢こそが真の顧客志向だと感じます。単に売れるものを作るのではなく、業界の「いかがわしさ」を排除し、透明性と信頼を築こうとする情熱が、現在の健康食品市場の清潔感を作ったと言っても過言ではありません。トラブルすらも自社のインフラ拡大のチャンスに変える強固な経営判断力には、現代のビジネスマンも学ぶべき点が多いはずです。

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