2019年の秋、猛威を振るう巨大な台風が次々と首都圏を直撃しました。これに伴い鉄道各社は、あらかじめ時間を定めて列車の運行を取りやめる措置である「計画運休」に踏み切っています。しかし、運行再開の遅れなどが重なり、駅周辺には出勤できずに立ち往生する人々が溢れかえる事態となりました。SNS上でも「#台風出勤」といったハッシュタグとともに、入場規制で長蛇の列をなす駅の様子が拡散され、大きな話題を呼んだのは記憶に新しいでしょう。
こうした移動中の予期せぬ怪我や、街中のパニック状態を未然に防ぐ手立てとして、専門家たちは「台風テレワーク」という働き方を強く推奨しています。テレワークとは、情報通信技術を活用して、場所や時間にとらわれずに業務を行う柔軟な就労スタイルのことです。昨今、働き方改革の波に乗って導入する企業は増えつつありますが、悪天候などの非常事態において効果的に機能させるためには、企業側の臨機応変な対応が欠かせません。
実際に、2019年9月下旬には、東京都内にある商社の担当者が「東京テレワーク推進センター」へ相談に訪れる姿が見受けられました。台風15号の猛威によって出社困難な従業員が続出し、社内から「災害時は無理に出社せず、自宅で安全に仕事ができる環境を整えるべきだ」という切実な要望が上がったそうです。このような声は、多くの企業で共通する課題と言えるのではないでしょうか。
思い返せば、2019年9月9日に台風15号が関東地方へ上陸した際、JR東日本は始発から首都圏の在来線全域で計画運休を実施しました。事前の告知よりも運行再開が数時間も遅れ込んだ結果、主要な駅は通勤を急ぐ乗客で身動きが取れないほどの大混乱に陥っています。一部の駅では改札での入場規制まで行われ、およそ277万人もの人々の足に多大な影響を及ぼしました。
出社を強いる環境と高まる在宅勤務への期待
神奈川県内にある大学へ勤務する44歳の男性は、2019年9月9日の朝、なんと4時間もかけて職場へ向かい、わずか3時間だけ業務をこなして帰路についたと語ります。人が押し寄せる駅と、蒸し風呂のように暑い満員電車の中では、熱中症のリスクすら肌で感じたとのことです。命の危険を感じながらの出勤は、本当に必要だったのか疑問に感じざるを得ません。
彼の職場では原則としてテレワークが許可されておらず、荒天によって物理的に出社できない日は、やむを得ず有給休暇などを消化しなければならない規則になっています。「自宅のパソコンでも十分にこなせる業務はたくさんあるため、状況に応じた在宅勤務を認めてほしい」と彼は訴えており、この切実な願いは決して彼一人のものではないはずです。
政府はこれまでにも、幾度となく柔軟な働き方の推進を提唱してきました。2009年の新型インフルエンザ流行時には感染拡大を防止する観点から総務省が態勢作りを促し、2011年の東日本大震災後には文部科学省が節電対策として導入を呼びかけています。さらに、2019年7月から9月にかけては、翌年に控えた国際的なスポーツの祭典を見据え、朝の通勤ラッシュ緩和を目的とした大規模な実証実験も実施されました。
この実験には国や民間企業など約2800もの団体が参加しており、とくに重点的な取り組み日として設定された2019年7月24日には確かな成果が見られました。前年の同じ水曜日であった2018年7月25日の午前8時台と比較すると、地下鉄の霞ケ関駅で22パーセント、都庁前駅でも12パーセントも利用者が減少したというデータが残っています。
「出社美徳」を捨て、安全を最優先する社会へ
東京都が2019年7月に実施した調査によれば、都内に拠点を置く従業員30名以上の企業のうち、約25パーセントがすでにテレワークを取り入れていることが判明しています。導入率自体は年を追うごとに上昇しているものの、その目的の多くは「生産性の向上」や「通勤時間の削減」に留まっているのが実情です。緊急事態における事業継続手段として活用しようとする意識は、まだまだ低いと言わざるを得ないでしょう。
台風は地震などとは異なり、あらかじめその接近や規模を予測できるため、本来であれば在宅勤務への切り替えに最も適した災害です。しかし、すでに制度を設けている企業であっても、いざという時に従業員がためらうことなく利用できる仕組みが整っていなければ意味がありません。今回の台風15号の際にも、事前の予報を受けて積極的に在宅勤務を推奨したのは、日常的に制度を活用している一部の先進的な企業に限られていました。
東京都の担当者も指摘するように、非常時に突然新しい仕組みを利用しようとしても、混乱を招くだけで上手く機能させるのは困難です。平常時からシステムに慣れ親しんでおくことが、いざという時のスムーズな移行に繋がります。育児や介護といった従来から認められている目的に「悪天候」を加えたり、当日の朝の申請でも許可したりと、現場に寄り添った柔軟なルール作りが急務と言えるでしょう。
日本テレワーク学会の市川宏雄会長が警鐘を鳴らすように、災害時の無理な通勤は社会インフラの復旧を妨げるだけでなく、駅での二次被害を引き起こす危険性をはらんでいます。「いずれ電車は動くだろう」という楽観的な判断で駅へ向かうことは、あまりにもリスク管理への意識が低すぎると言わざるを得ません。私自身も、企業は旧態依然とした「出社美徳」という価値観を即座に捨てるべきだと強く感じています。
従業員の生命と安全を最優先に考え、災害発生時には速やかに在宅勤務へと切り替える文化を、組織の隅々にまで浸透させなければなりません。そのためには、経営層が率先して柔軟な働き方を示し、社会全体で新しい常識を築き上げていく努力が求められます。
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