「自由貿易の番人」として知られる世界貿易機関(WTO)が、いま未曾有の危機に直面しています。国と国との間で生じる貿易トラブルを解決するための重要なシステムが、完全にストップしてしまう寸前なのです。この状況を放置すれば、世界中で自分の国さえ良ければいいという「保護主義」が加速し、私たちの経済生活にも暗い影を落としかねません。
事態がここまで深刻化した背景には、アメリカによる異例の「任命拒否」があります。WTOには、貿易紛争における「最高裁判所」のような役割を果たす「上級委員会」という常設機関が存在します。この機関は、二国間の対話や第一審にあたる「パネル(小委員会)」で解決できなかった複雑な問題に対し、国際的なルールに照らして最終的な審判を下す極めて重要な場所です。
SNS上では「アメリカが審判をボイコットするなんてルール無用だ」という批判がある一方で、「自国に不利な裁定ばかりが続くシステムそのものに欠陥がある」といった、アメリカの主張に理解を示す声も散見されます。定員7名で構成されるべきこの委員会ですが、アメリカが新メンバーの任命を拒み続けた結果、現在は審議に必要な最低人数の3名にまで減少してしまいました。
迫りくる2019年12月10日のタイムリミット
非常に緊迫した状況なのは、残された3名のうち2名が2019年12月10日に任期満了を迎えるためです。この日を過ぎれば、上級委員会は新しい案件を審理することが物理的に不可能となります。紛争を裁く機能が失われれば、WTOはまさに「有名無実」の存在となり、国際貿易はルールなき弱肉強食の世界へと逆戻りしてしまう懸念があるでしょう。
1995年の発足当時は日米欧が手を取り合い、自由貿易の旗印を高く掲げていたはずです。2001年には中国も加盟し、世界全体でルールを共有する理想の形を目指しました。しかし現実は、制度の解釈を曖昧にしてきたツケが回ってきたと言わざるを得ません。アメリカは「委員会が権限を超えて勝手な解釈をしている」と憤っており、この不信感の解消こそが再生の鍵となります。
私は、この問題は単なる事務的な手続きの遅れではなく、国際社会の「誠実さ」が試されている局面だと考えます。現在のロベルト・アゼベド事務局長のリーダーシップには、残念ながら限界が見えているのが現状です。事務局任せにするのではなく、日本や欧州、そして中国などの主要国が政治的なリスクを取ってでも、トップ同士の直接対話で解決の糸口を探るべきでしょう。
自由貿易の恩恵を最大限に受けてきた日本にとって、この問題は決して他人事ではありません。アメリカを再び議論のテーブルに引き戻し、双方が納得できる改革案を提示することが、今まさに求められている日本の役割ではないでしょうか。2019年12月3日現在、残された時間はわずかですが、世界経済の崩壊を防ぐための粘り強い交渉に期待したいところです。
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