エメラルドの海やバリ島の楽園イメージが強いインドネシアで、今、新たな旅の形として「産業遺産」が空前の注目を集めています。2019年7月、アゼルバイジャンで開催されたユネスコ世界遺産委員会において、スマトラ島中部のサワルントにある「オンビリン炭坑跡」が世界文化遺産に登録されることが決定しました。
今回の登録は、ボロブドゥール寺院のような誰もが知る歴史的建造物とは異なり、近代化を支えた「炭坑」という地味ながらも力強い歴史が評価された点が画期的です。SNS上では「意外な場所が選ばれたけれど、写真を見ると当時の息吹を感じて非常に美しい」と、その意外性と美しさに驚く声が広がっています。
19世紀のエネルギーを支えた世界有数の巨大炭坑
オンビリン炭坑は、オランダ植民地時代の1892年に操業を開始した歴史ある施設です。当時のオランダ領東インド、つまり現在のインドネシアにおける年間エネルギー消費量の約9割を供給していたというから驚きでしょう。まさに、一国のエネルギーを一身に背負っていた「心臓部」だったのです。
19世紀末から20世紀初頭にかけては、採掘された石炭を運ぶための鉄道や火力発電所も整備され、この地域は近代工業の最先端を走っていました。しかし、1950年代以降のエネルギー革命で主役の座を降り、1999年には国営企業ブキット・アサムが生産を停止。長く静かな眠りについていた場所なのです。
「虹の兵隊たち」が変えた鉱山のイメージ
産業遺産を観光資源にする動きは、サワルントだけではありません。ブリトゥン島では、2000年代後半からスズ鉱山跡が人気スポットとなっています。これは、鉱山労働者の子供たちを描いたベストセラー小説「ラスカル・プランギ(虹の兵隊たち)」とその映画化がきっかけでした。
重厚で無機質な「産業の跡地」に、そこに生きた人々のドラマが重なることで、観光客の心に響くコンテンツへと昇華されたのです。SNSでは「映画の聖地巡礼がきっかけで訪れたが、スズ鉱山跡の独特な景観に圧倒された」といった投稿が相次ぎ、若者世代を中心に新たな魅力を発信し続けています。
ジョコ政権が描く「観光立国」の未来図
現在、インドネシアのジョコ政権は、観光産業をGDPの10パーセントにまで引き上げる壮大な計画を推進しています。これまではバリ島一辺倒だった観光戦略を多角化し、熱帯雨林を活用したエコツーリズムや、多様な宗教が共存する文化観光など、国全体の潜在能力を掘り起こしている最中です。
実はインドネシアは、石油メジャーのシェルや、鉄鋼王のアルセロールミタルなどの祖業の地であり、世界初のグローバル企業といわれるオランダ東インド会社の拠点でもありました。こうした経済の「源流」を辿る旅は、知的好奇心の強い現代の旅行者にとって、非常に魅力的な選択肢となるはずです。
単なる遺跡見物ではなく、人類の進歩や労働の歴史を肌で感じる「産業遺産巡り」は、インドネシアの新しい顔として定着していくことでしょう。炭鉱跡の黒光りする石炭層や、植民地時代の建物をリノベーションしたホテルに身を置けば、歴史のうねりを直接体験できるに違いありません。
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