ラグビーW杯の熱狂と「ビクトリーロード」に学ぶ、著作権とパロディーが織りなす創作の境界線

2019年11月2日に幕を閉じたラグビーワールドカップは、日本中に感動の嵐を巻き起こしました。選手たちが円陣を組み、結束の証として高らかに歌い上げた「ビクトリーロード」のメロディーは、今も私たちの耳に鮮やかに残っていることでしょう。にわかファンまでもが一つになれたあの合唱ですが、ふと冷静になると、既存の楽曲を替え歌にする際の権利関係が気にかかるものです。

この楽曲の原曲は、ジョン・デンバー氏らによる名曲「カントリー・ロード」です。調査したところ、2019年当時、日本ラグビー協会は原曲の「翻案権(ほんあんけん)」を管理する会社から正式な許諾を得ていたことが判明しました。翻案権とは、既存の著作物をベースに、その本質的な特徴を維持しつつ新たな表現を加える権利を指します。法的な手続きが適正に行われていた事実に、ファンの一人として安堵の念を覚えます。

SNS上では、この「ビクトリーロード」の合唱に対し「これぞスポーツの醍醐味」「勇気をもらえる」といった絶賛の声が溢れました。管理会社側も、金銭目的の利用でなければ厳格なクレームは付けなかった可能性を示唆しており、ここには法的な正当性だけでは測れない「世間の納得感」が存在しています。熱狂的な支持を集める表現の前では、権利者も時に寛容な「許しの境地」を見せることがあるのです。

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古市憲寿氏の芥川賞候補作を巡る「創作のモラル」論争

一方で、ルールを守っているはずなのに激しい批判にさらされるケースもあります。2019年9月に発表された芥川賞の選評では、社会学者の古市憲寿氏による候補作『百の夜は跳ねて』が大きな波紋を呼びました。古市氏は、先行する木村友祐氏の小説を「参考文献」として明記し、本人にも事前に取材を行うという誠実なプロセスを踏んでいました。しかし、この「正しさ」が選考委員たちの心を逆撫でしてしまったのです。

選考委員からは、盗作ではないものの、創作姿勢に対する強い違和感が表明されました。参考文献として明示することが、かえって批判を逃れるための「予防線」のように映ったのかもしれません。著作権法という明確な基準を超えた先にある「作家としての矜持」や「創作の根源的な美学」が問われたといえます。ネット上でも、この騒動は「引用とオリジナリティの線引き」について多くの議論を呼び起こしました。

そもそも「真似る」という行為を芸術の域にまで昇華させたのが、パロディーや本歌取りの文化です。例えば会田誠氏の作品は、東山魁夷の名画を大胆に引用することで、原作を知る観客に驚きと新たな解釈を提示します。単なる模倣ではなく、あえて既存の作品を下敷きにすることに「必然性」があるからこそ、私たちはその表現に納得し、魅了されるのではないでしょうか。

現代はSNSを通じて誰もが二次創作を楽しめる時代ですが、日本の法律にはパロディーを明確に認める規定が不足しています。グレーゾーンが広いからこそ、表現者は常に炎上のリスクを背負いながら、自らの足で「許しの境界線」を探り続けなければなりません。ルールを遵守しつつ、なおかつ魂を揺さぶる表現を追求することの難しさと尊さを、一連の出来事は私たちに教えてくれていると感じます。

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