物語の本質とは、現実とは異なる「異空間の出来事」を語ることにあるといわれています。千葉市美術館の河合正朝館長が引用する徳田和夫氏の定義によれば、絵巻物の世界はまさにその象徴といえるでしょう。古くから「鳥獣戯画」に代表されるように、日本では動物を擬人化して描く文化が根付いていました。これらは単なる写生ではなく、想像力が生み出した「異界」の風景なのです。
2019年11月15日現在、改めて注目したいのが、お伽草子(おとぎぞうし)と呼ばれる短編物語群の一つである「鼠草子絵巻(ねずみぞうしえまき)」です。お伽草子とは、室町時代から江戸時代初期にかけて成立した、挿絵入りの平易な物語草子の総称を指します。本作は、人間と動物が結ばれる「異類婚姻譚(いるいこんいんたん)」という、少し不思議でドラマチックなテーマを扱っています。
物語の主人公は、人間の女性との結婚を強く切望する鼠の「権頭(ごんのかみ)」です。彼は縁結びの御利益で名高い清水観音へ一心に祈りを捧げました。その甲斐あって、同じく清水寺を訪れていた長者の娘を妻に迎えるという、奇跡のような幸運を手にします。SNS上でも「鼠の執念がすごい」「まさかのシンデレラストーリー」と、その意外な展開に驚きの声が上がっています。
権頭は愛する姫を心から慈しみ、幸せな新婚生活を送り始めます。しかし、幸せな時間は長くは続きませんでした。権頭が清水寺へお礼参りに出かけている隙に、不審を抱いた姫が彼の正体を見破ってしまうのです。正体が露見したことで二人の関係は終わりを告げ、絶望した権頭は最終的に出家して高野山へと入るという、何とも切ない結末が待っています。
親しみやすさが光る!擬人化された鼠たちの愛らしい日常
この絵巻物の見どころは、主人の婚礼準備に奔走する鼠たちの姿を切り取った場面です。描法はあえて粗く簡素にまとめられていますが、それがかえってお伽草子特有の温かみや、親しみやすさを生んでいます。一生懸命に動く鼠たちの表情は非常に豊かで、当時の人々のユーモア感覚が現代の私たちにもダイレクトに伝わってくるかのようです。
個人的な視点から述べさせていただければ、この作品の魅力は単なる「悲恋」に留まらない点にあります。正体がバレてしまうというハラハラ感や、家事をこなす鼠たちのコミカルな描写は、現代のアニメーションに通じるエンターテインメント性を備えています。異類との愛という普遍的なテーマが、室町から桃山時代という遠い昔に、これほど魅力的に描かれていた事実に驚かされます。
サントリー美術館が所蔵するこの「鼠草子絵巻」は、2020年の夏に開催予定の展覧会で一般公開されることになっています。全5巻のうち、特に賑やかな第3巻の一部を目にすることができる貴重な機会となるでしょう。室町時代から桃山時代にかけての16世紀に描かれた、愛らしくも少しほろ苦い「異界の物語」を、ぜひその目で確かめてみてください。
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