2019年12月12日、街が冬の賞与に沸く季節に、俳人の夏井いつきさんが自身の特別な思い出を語ってくださいました。中学校の教諭という安定した職をわずか8年で辞め、俳人という自由ながらも厳しい世界に飛び込んでからおよそ30年。夏井さんは「ボーナス」という言葉の響きに、今でもうっとりとした羨望を感じるそうです。
社会人1年目、初めて手にした給料袋の厚みに感動した夏井さんが、その全額を投じて購入したのは、なんと『日本国語大辞典』全20巻でした。SNSでは「初任給で辞典を買うなんて、さすが言葉のプロ!」「その情熱が今の活躍に繋がっている」と、彼女の並外れた知的好奇心に称賛の声が上がっています。
ここで紹介されている『日本国語大辞典』とは、日本最大級の国語辞典であり、言葉の歴史や出典が極めて詳細に記された、まさに「言葉の百科事典」です。夏井さんは、調べたい単語の隣にある無関係な言葉につい見入ってしまい、卒論が進まなかったという微笑ましいエピソードも明かしています。
創作の原動力!「うみいづ」と「百囀」に込められた魔法
教員時代から現在に至るまで、夏井さんの傍らには常にこの「第一版」の巨大な辞典が鎮座しています。デジタル版が普及した2019年現在でも、彼女はこの重厚な紙の束を「強い絆で結ばれた同志」と呼び、大切に使い続けているのです。実際に、彼女の創作活動においてこの辞典は欠かせない役割を果たしてきました。
かつて故郷の村が合併で消えゆく際、夏井さんは村長の依頼で本の制作を手掛けました。その書名を決める際、彼女は辞典を1ページ目からめくるという果てしない作業に挑んだのです。その結果、第3巻で見つけたのが「うみいづ(産出)」という言葉でした。新しい命や価値を産み出すという響きが、村の記憶を刻む本に命を吹き込んだのです。
また、滋賀県長浜市の伝統行事である「盆梅展」にて、樹齢100年を超える梅の名付けを頼まれた際も、彼女は辞典の海を泳ぎました。今度は最終巻から遡り、第19巻で見つけたのが「百囀(ひゃくてん)」という言葉です。多くの鳥が賑やかにさえずる様子を表すこの言葉は、まさに100年の歴史を持つ梅に相応しいものでした。
「越冬資金」から紐解く、言葉が持つ驚きの表現力
夏井さんは著書『絶滅寸前季語辞典』の執筆時も、この20巻の海に浸りながら原稿を書き進めることに爽快感を覚えたといいます。その中で興味深いエピソードとして語られているのが、「冬のボーナス」の言い換えです。かつてこの言葉は「越冬資金」と呼ばれていた時代がありました。
「冬のボーナスで海外旅行」と聞くと華やかなレジャーを連想しますが、「越冬資金で海外へ」と言い換えた途端、何やら切羽詰まった逃亡劇のような雰囲気が漂います。同じ事象でも、選ぶ言葉一つで世界の見え方がガラリと変わる。これこそが言葉の持つ面白さであり、恐ろしさでもあるのでしょう。
言葉の森を歩き、その奥深さを愛でる夏井さんの姿は、情報が溢れる現代において、一つの物事と深く向き合う大切さを教えてくれます。私たちが普段何気なく使っている言葉の裏側にも、まだ見ぬ物語が隠されているかもしれません。自分にとっての「一生モノ」を、この冬に探してみるのはいかがでしょうか。
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