現代社会を騒がせる特殊詐欺ですが、実は明治の世にも驚くほど似た手口が存在していました。作家の出久根達郎氏が紹介するのは、1903年に華厳滝で自死した藤村操の手記を偽造したとされる人物、岩本無縫(いわもとむほう)の著作です。彼が1907年3月に出版した『東京不正の内幕』は、まさに当時の詐欺カタログとも言える内容で、地方から上京する人々を狙った狡猾な罠が詳述されています。
SNS上では「100年以上前から手口の根本が変わっていないことに驚く」「人間の好奇心や弱点を突く手法は普遍的だ」といった驚きの声が上がっています。本書には「お天気師」や「ぶったくり宿屋」など、現代でいうキャッチや悪徳商法に近い項目が61も並んでおり、当時の東京がいかに混沌としていたかがうかがい知れます。これらは法治国家の隙間を縫うようにして、人々の欲望や親切心に巧みに付け込んでいたのです。
親切心を逆手に取る「つり銭詐欺」の心理戦
特に興味深いのが、品の良い夫人を装った「つり銭詐欺」の手口です。1907年当時、高価だった炭を買いに来た女性が「10円札しかないから、家までお釣りと一緒に届けてほしい」と店主に頼みます。お得意様になるかもしれないという期待に胸を膨らませた店主が同行すると、途中で「呉服屋に寄るから5円立て替えて」と頼まれ、そのままドロン。住所もデタラメという、現代の寸借詐欺を彷彿とさせる鮮やかな手口です。
また、古切手の買い取りを装って高価な「銀ギセル」を売りつける話術も秀逸です。最初は古切手で何十円も儲かるという夢を見せ、相手を「煙に巻く(真実を隠して惑わせる)」状態にします。そして、困っている人を助けるフリをして粗悪なまがい物を高く買わせるのです。こうした話術による誘導は、現代のフィッシング詐欺や投資詐欺における「マインドコントロール」の原型と言えるのではないでしょうか。
過激な広告で釣る「出版詐欺」の実態
出版の世界でも、人々の好奇心を煽る詐欺が横行していました。1916年9月24日に発行された『男女春草紙』は、その典型です。広告では「彩色絵入り」「男女の禁断の関係」を想起させるタイトルで購買意欲をそそりますが、実際に届くのは稚拙な風景画ばかり。価格は90銭と、当時のベストセラー『小公子』の約2倍という法外な設定でした。まさに「ジャケ買い」を狙った、今のネット広告詐欺にも通じるあこぎな商売です。
さらに呆れたことに、この本には「わが国では淫猥(いんわい)な図画の販売は禁止されているのに、そんなものを期待する方が悪い」といった逆ギレのような文章まで添えられていました。法律を盾に読者を煙に巻く手法は、現代の悪質サイトの利用規約にも似た卑劣さを感じます。詐欺師たちはいつの時代も、人間の「ちょっとした好奇心」や「得をしたいという心理」を鋭く見抜いているのです。
私たちがこれらの歴史から学ぶべきは、時代が変わっても「うまい話には裏がある」という真理です。岩本無縫という謎多き人物が残した記録は、単なる過去の遺物ではなく、情報過多の現代を生き抜くための防犯マニュアルとして、今なお鮮烈な警告を発しています。100年前の被害者たちの落胆を想像すると、現代の私たちも決して他人事ではないと強く感じざるを得ません。
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