ダークダックス遠山一が語る、旧ソ連の「チェカンカ」に刻まれた情熱の調べと歌への愛

日本を代表する男声コーラスグループ「ダークダックス」のメンバーである遠山一さんは、激動の時代に何度も海を渡ってきました。彼が大切にしている思い出の品が、モスクワの美術商で手に入れた「チェカンカ」と呼ばれる見事な工芸品です。これは金属の板を裏側から叩いて立体的な模様を浮かび上がらせる鍛金芸術で、現在のジョージアやアルメニア付近に伝わる伝統的な技法なのだそうです。

遠山さんの自宅でひと際異彩を放つこの作品は、高さが80センチメートルもあり、手に取るたびに当時の記憶を呼び起こしてくれます。作品の裏側を確認してみると、読めない文字の中に「1977」という数字が記されていました。これにより、1977年に行われた通算6回目となるソ連演奏旅行の際に購入した品であることが判明し、改めて長い歴史の重みを感じずにはいられません。

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ロシアの魂に響いたア・カペラの「ともしび」

ダークダックスが初めて旧ソ連の土を踏んだのは、1960年のことでした。ソ連政府から直接招待を受けた背景には、彼らがロシア民謡を深く愛し、1958年のNHK紅白歌合戦でも「ともしび」を披露していた実績があったからでしょう。この記念すべき初遠征には、作曲家の服部克久さんも音楽監督兼ピアニストとして同行し、モスクワやレニングラードなどの各都市を熱狂の渦に巻き込んだのです。

本場ロシアの民謡といえば、大人数による大合唱の迫力が醍醐味ですが、彼らはあえて4人だけの「ア・カペラ」で勝負を挑みました。ア・カペラとは、楽器の伴奏を一切使わず、人間の声だけでハーモニーを奏でる演奏形態を指します。たった4人の歌声で大合唱に匹敵するエネルギーをぶつけた「ともしび」は、現地の観客の心を鷲掴みにし、割れんばかりの喝采を浴びたのでした。

その後も彼らは1960年代から1990年代にかけて計7回も訪ソし、音楽を通じた交流を重ねました。SNS上でも「4人のハーモニーは国境を越える力がある」「ロシア人が認めた日本のコーラスは誇りだ」といった、彼らの音楽的功績を讃える声が多く寄せられています。政治的な背景は違えど、良い音楽は万国共通で人々の魂を揺さぶるものであると、彼らの活動が証明しています。

激動のソ連崩壊と変わらぬ歌心

しかし、演奏旅行を重ねるごとに、現地の社会情勢は刻一刻と変化していきました。1991年の最後の訪問時には、国家が崩壊へと向かう大きなうねりの中にあったといいます。以前は物資不足から時計を売ってほしいと懇願していた人々が、最後には外貨を求めて自分の帽子を売り込もうとする姿を目の当たりにし、遠山さんは時代の転換期を肌で感じたのではないでしょうか。

私自身、音楽という文化がいかに政治や経済の波に翻弄されやすいかを知っていますが、遠山さんの言葉からは希望が伝わってきます。どれほど生活が困窮し、体制が変わろうとも、音楽を聴く人々の瞳の輝きや歌を愛する熱い心だけは、決して色あせることはなかったそうです。どんな困難な状況下でも、歌は人々の寄り添う灯火であり続けていたといえるでしょう。

自宅に飾られた重厚なチェカンカを見つめるたび、遠山さんの脳裏には、極寒の地で出会った温かい観客の笑顔が浮かんでいるはずです。美術品はただの物体ではなく、そこに込められた記憶や情熱を保存する「こころの玉手箱」のような存在です。彼らの歌声が繋いだ日本とロシアの絆は、この金属板に刻まれた模様のように、これからも消えることなく残り続けるに違いありません。

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