戦後まもない混沌とした時代の中で、日本の音楽史に燦然と輝く男性コーラスグループ「ダークダックス」は産声を上げました。慶応義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団の仲間だったゲタ、マンガ、パク、そしてゾウこと遠山一さんの4人は、いかにしてあの完璧なハーモニーを構築したのでしょうか。その鍵を握っていたのは、当時の日本では極めて入手困難だった「ヒット・キット」という一冊の小冊子でした。
「ヒット・キット」の正式名称は「ヒット・キット・オブ・ポピュラー・ソングス」といい、進駐軍が慰問用に毎月発行していた貴重な楽譜集です。非売品であったこの冊子には、当時の最新ヒット曲に加えて、巻末にわずか1曲だけ「男声カルテット」用の譜面が掲載されていました。これこそが、若き日の彼らが喉から手が出るほど欲しがっていた宝物だったのです。現代のSNSでも「当時の苦労が伝説を作った」と感動の声が広がっています。
掘りごたつから始まった!逆さまに譜面を読む驚異の集中力
コピー機など存在しない2019年12月03日現在から見れば想像もつかない不便な時代、彼らは1冊の譜面を4人で囲んで練習に励みました。ゲタさんの実家にある掘りごたつに集まり、四方から1つの楽譜を覗き込むスタイルが定着したそうです。この特訓のおかげで、彼らは楽譜を横からでも逆さまからでも読み解くという、驚くべき特殊能力を身につけました。こうした泥臭い努力の積み重ねが、後のプロフェッショナルな活動を支える礎となったのでしょう。
彼らの主戦場は、やがて進駐軍のキャンプへと移っていきました。出演者は厳格にランク分けされていましたが、ダークダックスは常に最高ランクの評価を得ていたといいます。本場アメリカで男性四重唱が流行していた背景もあり、最新のレパートリーを次々と披露する彼らの存在は、米兵たちにとって何よりの癒やしとなりました。異国の地で培われた確かな実力が、日本国内での人気を爆発させる導火線となったのは間違いありません。
ア・カペラの真髄「バーバーショップ」で掴んだラジオへの切符
彼らが特に称賛を浴びたのは、無伴奏で声を重ねる「ア・カペラ」のスタイルでした。これは「バーバーショップ・コーラス」と呼ばれ、かつてアメリカの理髪店で客が順番待ちの間に口ずさんだことが由来とされる伝統的な合唱様式です。「オーラ・リー」などの名曲を響かせると、会場は割れんばかりの拍手に包まれました。楽器に頼らず4人の声だけで空間を支配する圧倒的な技術は、まさに音楽の魔法といえるのではないでしょうか。
進駐軍での評判は瞬く間に広がり、日本のラジオ局からも出演依頼が殺到するようになります。遠山さんは「ダークダックスの歴史はヒット・キットから始まった」と断言していますが、限定された資源を最大限に活かした彼らの情熱こそが、最大の勝因だと私は感じます。制約があるからこそ創意工夫が生まれ、唯一無二の個性が磨かれるという教訓は、デジタル化が進んだ現代の私たちにも強く響くメッセージを含んでいるはずです。
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