私たちは日々、SNSやメディアを通じて「何をしたか」という報告に溢れた世界に生きています。しかし、コラムニストの武田砂鉄氏は、あえて「しないこと」を選択し、その内側に広がる静かな思考の海を大切にされています。2019年12月18日に公開された連載でも、そんな彼の独特な視点が光っていました。
知人から「武田さんの連載は、いつも『やらないこと』ばかり書いている」と指摘された彼は、自らのスタイルを再認識したそうです。誕生日の祝福を拒み、集合写真でのジャンプも避ける。そんな一見「消極的」に見える姿勢こそが、実は彼の文章に深みを与える源泉となっているのかもしれません。
ネット上では、この「しないこと」へのこだわりに共感が集まっています。「無理にキラキラした体験を語らなくていい」「何もしない時間の大切さを教えられた」といった声がSNSで散見され、現代の「リア充疲れ」を感じる層に深く刺さっているようです。
行動の記録よりも大切な「頭の中の豊かさ」
武田氏は、話題の人物への接触や人気店の訪問といった「実績」ばかりを並べる風潮に、鋭い疑問を投げかけます。自身の体験を無条件に価値があるものと信じて発信する姿勢に、懐疑的な視線を向けているのです。それよりも、ふとした瞬間に頭をよぎった「よくわからないけれど考えてしまったこと」を重視されています。
例えば、隣の客がポテトMサイズを2個頼んで残すのを見て、「Lサイズにすればよかったのに」と独りごちる。こうした些細な観察眼こそが、思考の醍醐味と言えるでしょう。行動そのものよりも、その裏側にある「予測」や「夢想」、「分析」といった精神活動こそが、人生を豊かにするのだと彼は信じています。
ここで言う「夢想(むそう)」とは、現実を離れて自由にあれこれと想像を巡らせることを指します。特別なイベントがなくても、脳内が活性化していれば、その時間は十分にクリエイティブなのです。ベンチで一人佇む老人に、賑やかな団体客以上の楽しさを見出す彼の感性は、実に編集者冥利に尽きる視点だと感じます。
私自身の見解としても、情報の消費スピードが加速する現代において、こうした「静止した思考」を肯定する姿勢は極めて重要だと思います。何者かになろうと躍起になるよりも、自分だけの思考の領域を守り抜くこと。それが、本当の意味での「個の確立」に繋がるのではないでしょうか。
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