2020年1月3日現在、日本中が熱狂の渦に包まれる瞬間が刻一刻と近づいています。2020年7月24日の開会式から、パラリンピックが幕を閉じる2020年9月6日まで、列島はかつてない五輪ムード一色に染まることでしょう。
安倍晋三首相にとって、この大会は特別な意味を持ちます。自民党内で同じ派閥を歩んできた森喜朗元首相と二人三脚で招致活動を牽引し、2013年9月にはブエノスアイレスのIOC総会で自らプレゼンテーションを行い、開催を勝ち取った経緯があるからです。
歴史を遡れば、1964年の東京五輪は安倍首相の祖父である岸信介氏が招致を決め、池田勇人政権で結実しました。自身が招致に尽力した祭典を、まさか現職の総理大臣として迎えることになるとは、本人も驚きを隠せない様子で喜びを語っています。
五輪後の「反動」を防げるか?26兆円規模の経済対策
五輪開催による景気浮揚への期待感は、2019年10月1日に実施された消費税率10%への引き上げを後押しする大きな要因となりました。しかし、お祭り騒ぎの後に待ち受ける「五輪ロス」による景気減速を危惧する声は少なくありません。
実際に1964年の大会翌年には、実質成長率が前年の半分近くまで落ち込むという苦い経験があります。この事態を重く見た政府は、2019年12月に事業規模26兆円という巨額の経済対策を閣議決定し、万全の体制で「ポスト五輪」に備えています。
SNS上では「五輪が終わった瞬間に不況が来るのでは?」といった不安の声が目立つ一方で、「これだけの経済対策があれば、勢いは持続するはずだ」という期待も入り混じり、国民の関心は祭典のその先へと向けられているようです。
「五輪後に首相が代わる」というジンクスと解散の噂
永田町を揺るがせているのは、過去の日本開催の五輪後に必ずといっていいほど首相が交代しているという奇妙なジンクスです。1964年の池田首相、1972年札幌の佐藤首相、そして1998年長野の橋本首相も、大会後に表舞台を去りました。
「解散・総選挙」を意味する衆議院議員の任期満了や自民党総裁としての任期が残り1年に迫るなか、党内では様々な臆測が飛び交っています。五輪の熱狂が冷めぬうちに勝負に出るのか、それとも花道として勇退を選ぶのかが焦点です。
編集部としては、五輪という巨大な国家イベントが単なるスポーツの祭典に留まらず、日本の経済構造や政治の枠組みを根底から変える分岐点になると考えています。この熱狂の後に来るのが「飛躍」か「停滞」か、私たちは今、歴史の目撃者となっているのです。
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