スマホが奪う野心と、技術革新の「痛み」の正体。経済学者タイラー・コーエン氏が説く、停滞の壁を越える未来志向

インターネットが情報の海を広げ、AIが次なる扉を叩く現代において、私たちは真に豊かになったと言い切れるのでしょうか。米ジョージ・メイソン大学のタイラー・コーエン教授は、2019年12月19日のインタビューにて、デジタル技術がもたらす恩恵の偏りに警鐘を鳴らしています。

教授の分析によれば、ネットの進展は一部のITエリートには莫大な利益を授けましたが、一般の労働者の「生産性」を押し上げるには至っていません。ここで言う生産性とは、労働1時間あたりに生み出される成果の指標です。物理的な世界とネットの融合が未熟な現状では、その真価はまだ発揮されていないのです。

SNS上では、この指摘に対し「便利になった実感はあるのに給料が上がらない理由がわかった」「ネットは娯楽として消費されているだけではないか」といった、共感と危機感が入り混じった反響が数多く寄せられています。私たちが手にした利便性は、必ずしも経済的な強さには直結していないようです。

スポンサーリンク

スマートフォンがもたらした「受動性」という静かな病

2010年代最大の変革であるスマートフォンの普及は、人類を世界規模の情報網に繋げた一方で、人々の精神を内向きにさせたと教授は指摘します。かつてのような社会を変えようとする熱量は影を潜め、多くの人が画面を見つめるだけの受動的な存在に甘んじているというのです。

1970年代のように、高校を卒業して工場に勤めれば中流の暮らしが手に入った時代は終わりを告げました。現在は学位や忍耐、高度なスキルがなければ、上昇気流に乗ることは極めて困難です。都市部での格差拡大は、単なる偏見ではなく、残酷なまでの経済的論理によって引き起こされています。

私は、この教授の視点に強く同意します。情報の波に溺れることで「何かを知ったつもり」になり、自らリスクを負って行動する勇気が削がれている現状は、社会の活力を根底から蝕んでいるのではないでしょうか。豊かさの裏側にある「リスクへの過度な嫌悪」が、停滞の正体かもしれません。

痛みを伴う調整の先に待つ、新たな秩序への希望

再びイノベーションの火を灯すためには、既存の政策の失敗を認める「痛み」を避けられないとコーエン教授は論じます。かつての古い秩序が崩れ去る過程では、失業や借金といった苦難も予想されます。しかし、それは新しい時代に適合するための不可欠な調整期間に他ならないのです。

教授は、かつての超音速旅客機コンコルドが姿を消した理由を挙げ、現代社会が「騒音を嫌う」ような、変化を拒む規制や官僚主義に支配されていることを嘆いています。技術的に可能であっても、社会の心理的障壁が進化を止めてしまっているのです。

日本についても、高齢化や孤独という課題はあれど、その秩序正しさや住居の安さを「乗り越えられる強み」として評価しています。規制緩和を進め、人々が未来に対して長期的なビジョンを持てた時、苦痛の先にこそ真の技術革新が再び芽吹くでしょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました