アジアの成長エンジンとして期待されるインド経済が、今、かつてない正念場を迎えています。2019年12月27日、市場に衝撃が走りました。インド準備銀行(中央銀行)が、誰もが確信していた「6会合連続の利下げ」を見送るという、苦渋の決断を下したからです。
事前の予測では、30人を超える経済のスペシャリスト全員が金利の引き下げを確実視していました。しかし、ダス総裁が口にしたのは「利下げの中断」という意外な言葉だったのです。この予想外の展開に、SNS上では「インドの景気回復は絶望的なのか」「もはや中銀に打つ手なし」といった不安の声が渦巻いています。
なぜ利下げは「効かなくなった」のか?金融分断の正体
景気が悪化すれば、中央銀行が「政策金利(民間の銀行に貸し出す際の基準となる金利)」を下げるのが経済学の定石です。これによって、企業や個人が安い金利でお金を借り、投資や消費が活発になることを狙うわけです。
しかし、現在のインドではこの理論が全く通用していません。2019年2月から5回連続で金利を下げ、10月には5.15%という低水準まで絞り込みましたが、肝心の「街の銀行の融資金利」はピクリとも動きませんでした。この現象を、専門用語で「デカップリング(分断)」と呼びます。
中銀が蛇口を緩めても、銀行というホースの途中で水が止まっている状態なのです。SNSでも「利下げの恩恵を一度も感じたことがない」という市民の悲痛な叫びが散見されます。この目詰まりの背景には、数年前の強引な経済政策が落とした暗い影がありました。
高額紙幣廃止の「負の遺産」とノンバンクの危機
迷走の起点となったのは、モディ首相が2016年11月08日に断行した「高額紙幣の廃止」でした。不正蓄財の撲滅を掲げた大胆な策により、銀行には莫大なタンス預金が流れ込みました。当初、銀行はこの余った資金を積極的に貸し出し、2018年04月には貸出の伸び率が2ケタを記録する活況を見せていました。
ところが、この野放図な融資が仇となります。2018年夏、融資の主要な受け皿だった「ノンバンク(預金を受け入れず貸付のみを行う金融業者)」の大手が、突然の債務不履行(デフォルト)に陥りました。これを機に信用不安が一気に拡大し、銀行は一転して融資に極めて慎重な姿勢へと転換したのです。
2018年03月時点で、インドの銀行全体が抱える「不良債権(回収が困難になった貸付金)」の比率は11%を超えていました。銀行側は新たな失敗を恐れ、中銀がいくら「金利を下げて貸し出せ」と号令をかけても、頑なに門を閉じ続けているのが実態です。
出口なきトンネルに迷い込むモディ政権の苦悩
政治と中央銀行の関係も混沌としています。かつての中銀総裁たちは独立性を重んじましたが、モディ首相との意見対立で次々と表舞台を去りました。2018年末に就任した現職のダス総裁は首相に近い人物として緩和路線を歩んできましたが、ついに2019年12月に限界を迎えた格好です。
金融政策が封じられた今、本来なら政府が税金を使って景気を支える「財政出動」を行うべき局面でしょう。しかし、過去の過度なバラマキへの反省から、法律で財政赤字を抑える厳しいルールがあり、政府も身動きが取れません。
2019年にノーベル経済学賞を受賞したバナジー氏も指摘するように、今のインドに欠けているのは「需要」そのものです。私自身の視点としても、構造的な金融不全を放置したままの金利操作は、もはや延命措置にすらなっていないと感じます。インド経済という巨象が再び力強く歩み出すには、銀行の膿を出し切る抜本的な治療が不可欠でしょう。
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