陸上界に驚きのニュースが飛び込んできました。オリンピックや世界選手権の女子日本代表選考会として重要な役割を担ってきた「さいたま国際マラソン」ですが、2020年12月に予定されていた次回大会の開催を見送る方針であることが2020年01月22日、関係者への取材で明らかになりました。主催するさいたま市などが財政面を含めて慎重に議論を重ねた結果、今回の苦渋の決断に至った模様です。長年親しまれてきた大規模な大会だけに、今後の動向に大きな注目が集まっています。
この突然の発表を受けて、SNS上ではランナーや陸上ファンから落胆や驚きの声が相次いでいます。「起伏が激しくてタフなコースだから、市民ランナーとしても挑戦しがいがあったのに残念」「東京国際女子マラソンからの伝統が途絶えてしまうのではないか」といった、大会の存続を心配する書き込みが目立ちます。その一方で、高額な市税負担に対して「市民の血税の使い道として、見直しは妥当な判断かもしれない」と、主催者の決断に理解を示す現実的な意見も多く見られました。
有力選手が集まりにくかった背景と厳しいコース特性
開催見送りの大きな要因として挙げられているのが、トップランナーたちの参加減少です。本大会は、実業団(企業が保有するスポーツチーム)の女子選手たちが日本一を競い合う「全日本実業団対抗女子駅伝」と開催時期が非常に近いというスケジュール上の課題を抱えていました。多くの有力選手が駅伝を優先するため、どうしてもマラソンへのエントリーが少なくなってしまう傾向にありました。スケジュールの重複が、大会の魅力を維持する上での高い壁となっていたのです。
さらに、さいたま市内のコース特有の難しさも影響したと考えられます。この大会のルートは起伏、つまり道路の上り下りの坂道が非常に多く、ランナーにとっては体力の消耗が激しい過酷な設定でした。マラソン界ではオリンピック出場などを目指す際、いかに好タイム(好記録)を出せるかが重要視されます。そのため、高低差が少なくて平坦な、スピードを出しやすい他の大会へと実力派の選手たちが流れてしまう結果を招いてしまいました。
伝統の重みがある大会だけに、こうした構造的な課題は深刻でした。さいたま国際マラソンは、1979年に世界で初めて女性限定の公式レースとして産声を上げた「東京国際女子マラソン」の歴史を受け継いでいます。その後、2009年からは「横浜国際女子マラソン」へと舞台を移し、さらに2015年から現在のさいたま市へとバトンが渡されました。まさに日本の女子マラソンの黄金期を支えてきた、由緒あるエリートレースの系譜なのです。
大会の課題とこれまでの改善への取り組み
主催者側も、ただ手をこまねいていたわけではありません。これまでに出場選手を増やすための試行錯誤を繰り返してきました。開催時期を11月中旬から12月へと変更して調整しやすくしたり、少しでも平坦な道になるようコースレイアウトの変更を重ねたりしました。しかし、東京五輪の代表選考会(MGCファイナルチャレンジ)に指定された前回大会でさえ、国内の招待選手はわずか1人にとどまり、抜本的な解決には至りませんでした。
もう一つの大きな壁が、2億円を超えるというさいたま市の多額な負担金です。市議会からはかねてより、巨額の公金投入に対して「コストパフォーマンスや費用対効果の面で改革が必要不可欠だ」という厳しい追及の声が上がっていました。清水勇人市長は2019年12月の記者会見において「時期やコース設定などを改めて検討し、改善できる点はしっかりと見直していく」と前向きな姿勢を示していましたが、財政面の負担は想像以上に重かったと推測されます。
スポーツイベントの運営において、自治体の財政負担と市民への還元、そして競技性の担保を両立させることは極めて困難です。今回の開催見送りは寂しい決定ですが、闇雲に継続して赤字を膨らませるより、一度立ち止まって大会のあり方を根本から見直す英断であると私は評価します。女子マラソンの伝統の灯を消さないためにも、市民に愛され、選手にとっても魅力的な「真の市民マラソン」として生まれ変わるための有意義な準備期間となることを切に願います。
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