居酒屋業界に激震が走っています。政治の世界から身を引いたワタミの創業者、渡辺美樹氏が2019年10月に会長職へ復帰を果たしました。かつて「和民」で一世を風靡したカリスマの帰還に、SNSでは「やっぱりこの人がいないと始まらない」「良くも悪くも経営手腕に注目したい」といった声が溢れ、大きな話題を呼んでいます。しかし、復帰した彼が見据えているのは、私たちがよく知る賑やかな居酒屋の姿ではありませんでした。
渡辺会長は「居酒屋の市場はこれからどんどん縮んでいく」と断言します。最近では職場の宴会を敬遠する「忘年会スルー」という言葉が流行語になるほど、人々の消費行動は様変わりしました。1984年に彼が初めて店長を務めた時代とは異なり、大人数で大騒ぎする文化は衰退しているのです。若者のコミュニケーションの場はスマートフォンへと移り変わり、外で飲むよりも自宅の個室を好む傾向が強くなっています。
こうしたライフスタイルの変化に伴い、人々の生活に最も身近な存在となったのがコンビニエンスストアです。渡辺会長が「現在の本当の競合相手はセブン-イレブンだ」と語る背景には、家で手軽に済ませる顧客をいかに引き戻すかという強い危機感があります。利便性の高い巨大流通チェーンに対抗するためには、これまでの居酒屋という固定観念に縛られた業態のままでは生き残れないと考えているのでしょう。
セブンに勝つための新戦略と「6次産業」への転換
王者セブンに打ち勝つためにワタミが打ち出した秘策は、圧倒的な商品力と生産性の向上です。人気居酒屋の「三代目鳥メロ」を、テイクアウトの売上比率が6割を占める駅前の小型路面店へと大胆にシフトさせています。さらに、新たに展開を始めた唐揚げ専門店では、従来の半分の人数である、わずか2人で店舗を運営できる仕組みを構築しました。徹底した効率化により、人手不足の時代を生き抜く構えです。
また、同社は単なる飲食店ではなく「6次産業」をモデルとした総合フードサービス企業への脱皮を図っています。これは第1次産業である農業から、食品加工の第2次産業、そして流通・販売を担う第3次産業までを一体化させる経営手法のことです。日本最大級の自社農場から届く有機野菜を全面に押し出した居酒屋や、国内トップクラスの畜産農家と提携した和牛専門の新業態など、他社には真似できない独自の価値を提供しようとしています。
さらに、渡辺会長は「SDGs(持続可能な開発目標)」を経営の最優先事項として掲げています。これは地球環境や社会の持続可能性を目指す国際目標ですが、ワタミはこの理念をビジネスに深く組み込んでいます。その象徴として、2021年には岩手県陸前高田市に「ワタミオーガニックランド」という23ヘクタールもの広大な農場を開設する予定です。自然エネルギーを活用した安全な食品づくりを、これからの成長の起爆剤にする計画を進めています。
「あと29年は経営する」創業者が挑む覚悟と未来への課題
渡辺会長の復帰に対してネット上では、「ブラック企業批判の過去を払拭できるのか」という厳しい視線があるのも事実です。しかし、経営陣が業態の維持に固執して対応が遅れた上海の赤字店舗の改革など、彼にしかできない迅速なメスが入る様子に期待を寄せる声も少なくありません。国会議員としてマクロ経済の動きを学んだ経験を生かし、今後の円安を想定して海外展開やインバウンド需要の取り込みに自信をのぞかせています。
「あと29年は経営する」と公言する渡辺会長は、2029年3月期までに売上高2000億円、営業利益100億円という極めて高い目標を掲げました。ファミリー経営の強みである、理念への忠実さとコストへの厳しさを武器に、再びトップランナーへ返り咲く決意です。2019年10月の消費税増税や、目前に迫る東京五輪後の経済的な冷え込みなど、日本の市場環境はこれからさらに厳しさを増していくと予測されます。
居酒屋の黄金期を築いたパイオニアが、自らの手で過去の成功体験を破壊し、22世紀を見据えた新しい企業モデルを構築できるのか。宅食事業の激しい競争や、外食市場の伸び悩みといった数々の高い壁が立ちはだかる中で、その手腕が改めて試されています。創業者が描く壮大な夢と覚悟の第二章は、従業員や株主だけでなく、日本の外食産業全体の未来を占う試金石となるに違いありません。
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