1971年に発生し、社会に大きな衝撃を与えた「渋谷暴動事件」をご存じでしょうか。この事件で殺人罪などに問われ、長年にわたり逃亡を続けていた中核派の活動家、大坂正明被告の潜伏生活を支えていたとして、新たな動きがありました。大阪府警公安3課は2020年1月16日までに、広島県安芸太田町の大江厚子町議ら男女3人を詐欺容疑で書類送検したことが、捜査関係者への取材によって明らかになったのです。過激派の逃亡劇の裏で、現職の町議会議員が関与していたという事実に、世間からは驚きの声が上がっています。
今回書類送検されたのは、大江厚子町議のほかに、中核派に所属する56歳の男性と、島根県に住む67歳の男性の計3人です。送検容疑によれば、彼らは2016年6月から7月ごろにかけて共謀し、島根県内の銀行で利用目的を偽って口座を開設し、通帳やキャッシュカードをだまし取ったとされています。ここで言う「詐欺容疑」とは、本来の目的を隠して銀行を欺き、口座を作った行為を指します。作られた口座は、大坂被告が潜伏していた広島市内のマンションの家賃支払いに充てられていたとみられ、組織的な支援の闇が垣間見えます。
捜査が進むにつれ、その巧妙な手口も明らかになってきました。島根県の男性は、妻を介して大江町議と知り合ったとされています。その際、「東日本大震災で被災した子どもたちを支援するための拠点が不可欠だ」という一見すると善意に満ちた説明を受け、名義を貸してしまったようです。男性は自身の名義で口座を開設し、大坂被告の潜伏先となるマンションの契約を結びましたが、「まさか過激派の潜伏先に利用されるとは夢にも思わなかった」と供述しており、善意が隠れみのとして悪用された構図が浮かび上がります。
ここで改めて、大坂正明被告のこれまでの流れを整理してみましょう。大坂被告は事件翌年の1972年に指名手配されて以来、実におよそ45年もの間、警察の追跡を逃れ続けていました。しかし、2017年5月に大阪府警が広島市内にある中核派のアジトとみられるマンションを家宅捜索した際、公務執行妨害容疑で現行犯逮捕され、その長い逃亡生活にピリオドが打たれたのです。これほど長期の潜伏が可能だった背景には、今回摘発されたような、周囲の人間を巻き込んだ組織による巧妙な物資・金銭面のサポートがあったことは間違いありません。
このニュースが報じられると、SNS上では瞬く間に大きな反響が巻き起こりました。「現職の町議が過激派の潜伏を支援していたなんて信じられない」「震災復興という言葉を悪用して人を騙すなんて悪質すぎる」といった、強い憤りやショックを隠せないコメントが続出しています。また、「45年も逃げ続けられた理由がようやく分かった」「まだ他にも支援者がいるのではないか」など、全容解明を望む声や、中核派という組織が今なお地下で活動を維持していることに対する恐怖を覚えるユーザーも少なくないようです。
政治に携わる公人が、過去の痛ましい事件の容疑者を匿う行為に加担していたとすれば、それは市民への裏切りであり、決して許されることではありません。震災支援という誰もが共感する大義名分を隠れみのにした手口は非常に悪質であり、名義を貸してしまった男性の落ち度を差し引いても、その善意を巧みに利用した側の罪は極めて重いと言えます。テロや暴力を肯定する過激派の活動が、私たちの知らないところで今も息づいているという現実を重く受け止め、警察には事件の背景にある組織の実態を徹底的に解明してほしいと切に願います。
コメント