歴史の暗闇で少女が紡いだ夢――谷崎由依『遠の眠りの』が問いかける「覚醒」の意味

2020年2月1日、時代の波間に翻弄されながらも、静かに、そして力強く自らの物語を紡いだ一人の少女の記録が届きました。谷崎由依さんの著書『遠の眠りの』です。この物語のタイトルは、古くから伝わる初夢を良いものにするための呪文から取られています。冒頭、貧しい農家の少女・絵子が小舟の上でこの歌を口ずさむシーンから、幻想的な旅が幕を開けます。

「長き夜の遠の眠りのみな目覚め波乗り舟の音のよきかな」。この歌は、上から読んでも下から読んでも同じになる「回文」になっています。終わりが初めに戻り、夢と目覚めが循環するこの不思議な歌のように、物語全体もまた、現実と幻想の境界をたゆたうような心地よさを湛えています。

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激動の昭和を駆け抜ける少女のまなざし

物語の舞台は、大正時代末期から昭和の敗戦に至るまでの、まさに激動の時代です。主人公の絵子は、厳格な父親のもとを飛び出し、人絹工場での低賃金労働を経て、福井市に誕生したばかりの百貨店、そして少女歌劇団の脚本係へとその身を移していきます。一見すると、これは一人の女性が自らの意志で道を切り拓く、成長と自己実現の物語のように思えますよね。

しかし、この小説の真の魅力は、そんな単純な構図には収まりません。谷崎さんは、農村の貧困や労働運動、そして戦争といった「逃れようのない現実」を描き出しつつ、その重苦しい空気の中に、まるで光の粒子のような夢と幻想を緻密に織り込んでいくのです。この繊細な構成力こそが、本作を単なる歴史小説以上の深みへと誘っています。

時代が暗闇に包まれるとき、夢幻は深まる

興味深いのは、絵子の行動が必ずしも能動的な意志の結果ではないという点です。彼女は「青鞜(せいとう)」——明治から大正期にかけて刊行された、女性解放を目指した文芸誌——の言葉に心揺さぶられながらも、自分自身は世界の片隅で静かに夢を紡ぐ方が合っていると直感しています。

恐慌から戦争へと突き進み、社会全体がまるで悪夢のような様相を呈し始めると、物語の夢幻的な色調はさらに濃くなっていきます。物語の鍵を握るのは、正体を隠して少女歌劇団に入団した、美しいボーイソプラノの声を持つ少年です。「ボーイソプラノが美しいのは、消えゆくものだからだ」という一節には、儚い美への痛切な想いが込められているでしょう。

読後、SNS上でも「現実の残酷さと夢の美しさが混ざり合い、言葉を失う」「回文の意味を噛み締めるたびに、物語の余韻が深まる」といった反響が寄せられています。眠るための歌なのに、なぜ「みな目覚め」と歌うのか。その謎に対して作中で語られる「行って、帰ってくるためだろう」という答えは、戦争という巨大な闇の中を生き抜こうとする私たちの心に、深く突き刺さるのではないでしょうか。

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