2020年2月3日、日本の医療現場において非常に繊細で、かつ未来の家族のあり方に深く関わる議論が始まりました。日本産科婦人科学会が、受精卵の段階で遺伝子を調べる「着床前診断」の実施基準を見直す検討に入ったのです。これは、重い遺伝性の病気が子どもに引き継がれることを防ぐための医療技術ですが、常に「命の選別」という重い倫理的問いと背中合わせにあります。
これまで学会は、この診断を極めて慎重に運用してきました。対象となるのは、成人までに死亡する可能性が高い疾患や、日常生活が著しく制限される「重篤な遺伝性疾患」に限定し、専門家による厳格な審査を経て、個別の実施を許可する体制をとっています。しかし、医学の進歩とともに、この「重篤」の定義をどこに置くべきかという境界線が、改めて問われています。
議論の焦点と広がる波紋
今回、学会内で意見が割れている背景には、生命への危険性は比較的小さいものの、深刻な身体的影響を及ぼす疾患の存在があります。例えば、眼球摘出や失明に至る恐れのある遺伝性の眼がんなどがその一例です。命を守るという観点だけでなく、QOL、すなわち「生活の質」をいかに維持するかという視点から、診断の対象を広げるべきかどうかが鋭く議論されています。
SNS上でもこのニュースは大きな反響を呼んでおり、「遺伝子の病気で苦しむ子どもを減らせるなら技術を活用すべきだ」という前向きな意見がある一方で、「特定の病気を持つ人を排除する社会にならないか」という慎重な懸念の声も多く上がっています。技術の進化が人の倫理観を追い越していく中、私たちは今、何を優先すべきなのでしょうか。
私個人としては、医療技術はあくまで「人を救うためのもの」であるべきだと強く感じます。重い病気に苦しむ親子の希望となるならば、技術の適用範囲を慎重に見直すことには賛成です。ただし、それが「病気を持つ人々の存在を否定する」という誤ったメッセージとして社会に伝わらないよう、社会全体での丁寧で包括的な対話が不可欠ではないでしょうか。
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