皆さんは、旅先で果物を食べたとき、その土地ならではの風土を感じたことはありますか。2020年2月4日、作家の篠田節子さんは、インドネシアのブリトゥン島で体験した「マンゴー」にまつわるエピソードを綴っています。かつて「ドリアン話」ではその強烈な香りに圧倒され、ホテルへの持ち込みを諦めた篠田さんですが、代わりに手にしたマンゴーからは、日本の果物とはまったく異なる深いメッセージを受け取ったようです。
現地の農家で譲り受けたのは、傷のある少し不格好なマンゴーでした。黒ずんだ部分をナイフで取り除きながら口にすると、決して濃厚な甘みがあるわけではないのに、心惹かれる絶妙な風味が広がったといいます。島内では、日本の柿の木のようにマンゴーの木がどこにでも自生しており、人々は無造作に実る果実を日常的に楽しんでいます。
完璧を求める「人工的な甘さ」への問い
この体験を通じ、篠田さんは日本の農業との対比に思いを巡らせます。私たちが普段口にする果物は、長距離輸送に耐え抜き、無傷で完璧なスイーツであることが求められます。そのためにハウスで細やかに管理され、高コストで生産される日本の果実は、いわば「人工的」な存在かもしれません。対して、大地に任せて育つ島々の果実には、自然のままの姿があるのです。SNS上でも、「見た目の美しさや均一さよりも、その土地の気候で育った素朴な味こそが贅沢だ」という共感の声が多く上がっています。
さらに、この話は単なる食べ物の思い出には留まりません。篠田さんは、同地を舞台にした小説『虹の少年たち』を引き合いに、ブリトゥン島の歴史を紐解きます。かつて錫(すず)開発公社が絶頂を誇り、社員が富を独占していましたが、価格暴落によりその体制は崩壊しました。錫とは、古くから金属加工に使われてきた金属資源のことです。公社の崩壊後、これまで虐げられてきた島民たちが手掘りで錫を採掘し、巨大資本以上の成果を上げるという逆転劇が起こりました。
開発と幸せのあり方を再考する
これは「資本主義の失敗」であると同時に、住民不在の国際開発援助がいかに無力であるかという教訓を含んでいるのではないでしょうか。私は、この物語に非常に深く共感します。経済的な効率や数値ばかりを追う近代化が、本当に人々の暮らしを豊かにしているのか。島の人々が自らの手で日常を取り戻し、庭にたわわに実るマンゴーを分け合う姿こそ、私たちが忘れてはならない「本当の豊かさ」の形なのかもしれません。
滋味豊かで、少し不揃いなマンゴーの味。それは単なる果実の味ではなく、苦難を乗り越えてきた島の人々の歴史そのものなのかもしれません。2020年2月4日のこの記録は、グローバル化が進む現代において、私たちが足元にある大切なものを見つめ直すための、静かな問いかけのように感じられます。
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