広大な大地と澄んだ空気が広がる北海道・十勝平野。ここは言わずと知れた、日本の和菓子文化を支える小豆の一大産地です。この地で100年もの歴史を刻んできた「エーネットファーム十勝」が、今、新たな挑戦の舞台としてフランスを選び、熱い視線を注いでいるのをご存じでしょうか。2019年7月1日現在、彼らの取り組みはまさに「食のフロンティア」を開拓する冒険譚のようです。
同社が手塩にかけて育てているのは、「きたろまん」という品種の小豆です。まるで栗のような上品な風味と、口の中でほどけるホクホク感が特徴の逸品で、年間約20トンも生産されています。2019年6月には広大な畑で可愛らしい新芽が顔を出したばかりですが、秋になれば十勝特有の昼夜の寒暖差(10度〜15度)が、この豆に凝縮された旨味と芳醇な香りをもたらすことでしょう。
「食の都」パリで巻き起こる和菓子ブームの熱狂
なぜ今、彼らは国内ではなく、遥か彼方のフランスを目指すのでしょうか。その背景には、現地の美食家たちの間で静かに、しかし確実に広がりつつある「和菓子ブーム」があります。きっかけの一つとなったのは、あんこをテーマにした日本映画がカンヌ国際映画祭で上映されたことでした。これを機に、パリの中心部にはどら焼き専門店がオープンするなど、日本の伝統的な甘味が注目を集めているのです。
SNS上でも、現地のスイーツファンたちが「Anko(あんこ)はヘルシーで繊細な味わいだ!」「日本のどら焼きは見た目もキュートで美味しい」といった投稿を相次いでおり、Instagramなどでは色とりどりの和菓子の写真がシェアされ、大きな反響を呼んでいます。エーネットファーム十勝の森田哲也社長は、「フランス人の舌は肥えている。だからこそ、最高品質の十勝産小豆を届けたい」と、その品質への絶対的な自信をのぞかせます。
地道な草の根活動が実を結ぶとき
彼らの挑戦は決して一朝一夕のものではありませんでした。2017年1月からパリで「小豆のアトリエ」と題した試食会をスタートさせ、地道にその魅力を伝え続けてきたのです。2019年1月には、フランス南部のリヨンで開催された食品展示会に初参加し、1000人を超えるバイヤーやシェフに「きたろまん」を使った一口サイズのどら焼きを振る舞いました。
この展示会での手応えは上々で、現地のシェフやバイヤーたちへの認知を一気に拡大させることに成功しました。さらに彼らは、単に豆を売るだけでなく、あんこの炊き方やパンとのマリアージュ(組み合わせ)を提案するなど、フランスの食文化に溶け込むような工夫を凝らしています。これこそが、異文化に商品を受け入れてもらうための極意と言えるでしょう。
安定経営への渇望と編集者としての視点
国内市場に目を向けると、和菓子の消費量は頭打ちの傾向にあり、さらに天候による豊作・不作が価格を激しく乱高下させるというリスクが存在します。実際、2018年は天候不順で不作となり、市場価格は15年ぶりの高値を記録しました。周囲からは「高く売れる時期になぜわざわざ輸出を?」という驚きの声も上がったそうですが、目先の利益にとらわれず、将来の安定経営を見据えて販路を多角化する彼らの姿勢には、経営者としての強い覚悟を感じずにはいられません。
私自身、メディアの編集者として多くの食材を見てきましたが、日本の農産物が海外で評価されることは、単なるビジネス以上の価値があると考えます。それは日本の風土や生産者の情熱といった「文化そのもの」の輸出であり、誇るべきことではないでしょうか。美味しい小豆が、国境を越えて人々の笑顔を作る光景は、想像するだけで胸が熱くなります。
そしてついに2019年6月、彼らは100キログラムの小豆を初めてパリへと送り出しました。現地の食材専門商社と提携することで、サプライチェーン(原材料の調達から消費者に届くまでの供給網)の構築という課題もクリアしています。森田社長は「来年には生産量の5%にあたる1トンを販売したい」と意気込みを語っており、十勝の小豆がフレンチのデザート皿を彩る日もそう遠くはないでしょう。
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