2019年5月30日、令和の時代が始まって最初の月が終わろうとするこの日、文学界に強烈なインパクトを与える「一人の男」が紹介されました。批評家の陣野俊史氏が「目利きが選ぶ3冊」の中で絶賛した、島田雅彦氏の最新小説『人類最年長』の主人公です。なんと彼の誕生日は1861年(文久元年)3月13日。年齢はすでに159歳に達しているというのですから、驚かずにはいられません。
見た目は60代にしか見えないというこの不老不死の男には、「不死化細胞」という特殊な細胞が備わっている設定です。不死化細胞とは、通常は回数が決まっている細胞分裂の限界を超え、無限に増殖し続ける細胞のことを指しますが、本作ではそれが物語のSF的な骨格を支えています。名前を何度も変えながら歴史の裏側を生き抜いてきた彼が、魅力的な看護師を相手に自らの半生を語り出すところから、壮大な物語の幕が開くのです。
「エロ・グロ・ナンセンス」と「大鏡」の融合
この小説の最大の魅力は、主人公が語る記憶の濃度にあります。関東大震災や東京大空襲といった悲劇的な歴史の節目を生き延びつつ、戦前の昭和初期に流行した退廃的かつ猟奇的な文化ムーブメント「エロ・グロ・ナンセンス」を謳歌した過去が、鮮やかに描写されます。陣野氏は、歴史を生き証人が語るこの構造を、平安時代の歴史物語『大鏡』になぞらえています。190歳の大宅世継(おおやけのよつぎ)が昔語りをする古典の名作と、現代のエンターテインメントが見事にリンクしているのです。
SNS上では、島田雅彦氏の衰えぬ筆力に対して「島田雅彦、枯れるどころかますます脂が乗っている」「159歳の設定でエロとグロを語らせるとは、さすがの悪童ぶり」「歴史の教科書には載っていない昭和の裏面史が読めそう」といった興奮気味の感想が飛び交っています。ベテラン作家が到達した境地が、単なる「枯淡(世俗を離れたあっさりとした趣)」ではなく、依然として現役バリバリのエネルギーに満ちていることに、多くの読者が圧倒されているようです。
映画とアイデンティティ、深淵を覗く2冊
陣野氏は他にも注目の2冊を挙げています。一つは『評伝ジャン・ユスターシュ』(須藤健太郎著)。1981年に拳銃自殺でこの世を去った伝説の映画監督、ジャン・ユスターシュの世界初の評伝です。傑作『ママと娼婦』を残した彼の人生を、資料だけでなく映画そのものに入り込んで書き上げた労作であり、映画ファンにとっては必読の書と言えるでしょう。
もう一冊は、温又柔(おん・ゆうじゅう)さんのエッセー集『「国語」から旅立って』です。台湾にルーツを持ち、日本語で創作を行う温さんが、長年考え続けてきた「母語とアイデンティティ」というテーマが繊細に綴られています。「国語」という枠組みから軽やかに飛び立ち、言葉と自己の在り方を問う姿勢は、グローバル化が進む現代社会において、私たち全員が向き合うべき課題を提示してくれています。
物語だけが持ちうる「不死」の力
コラムニストとして私自身の考えを述べさせていただくならば、今回紹介された3冊は、いずれも「個人の記憶や生きた証」をどう残すかという点で共通しているように思えます。肉体はいつか滅びますが、島田雅彦氏が描く159歳の男のように、あるいは評伝として蘇る映画監督のように、言葉として紡がれた物語は時を超えて生き続けます。
「人生100年時代」と言われる昨今ですが、文学の世界では159歳はおろか、永遠の時間を生きることさえ可能です。現実の閉塞感を打破してくれるのは、こうした圧倒的な虚構の力や、他者の人生への深い洞察なのかもしれません。週末は、時空を超えた読書の旅に出てみてはいかがでしょうか。
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