ジャズの世界には、命を削るようにして鍵盤に向き合った一人の天才がいました。フランスが生んだ至宝、ミシェル・ペトルチアーニです。彼は生まれつき骨が非常に脆くなる「骨形成不全症」という難病を抱えていました。成人しても身長は1メートルほどで、演奏のたびに骨折の危険と隣り合わせという過酷な状況にありながら、その指先からは信じられないほど力強く、そして美しい音色が紡ぎ出されたのです。
2019年08月04日の現在、改めて彼の足跡を辿ると、その圧倒的な生命力に言葉を失います。彼は常に全力でピアノを打ち鳴らし、自らの短い人生を音楽へと捧げました。SNS上でも「彼の演奏を聴くと、身体的なハンデを一切感じさせないパワーに圧倒される」といった驚きの声や、「一音一音がダイヤモンドのように硬質で輝いている」という称賛のコメントが数多く寄せられています。
筆者は1997年11月、来日した彼に直接インタビューする機会に恵まれました。東京・青山のブルーノート東京で行われたライブは、まさに燃えるような演奏でした。全身全霊を込めて鍵盤を叩く姿は、まるで彼自身が音楽そのものに変貌したかのようです。激しい打鍵の合間に見せるスローテンポのメロディーは、官能的で、聴く者の心の奥底を震わせるほどに優雅な響きを湛えていました。
取材の際、彼は「音楽にはユーモアが不可欠なんだ」と笑顔で語ってくれました。即興演奏、つまり楽譜に縛られずその場のインスピレーションで奏でる手法については、精神を研ぎ澄ませた「瞑想」に近い状態だと説明しています。芸術論を深く語る一方で、ジョークを絶やさない彼の明るい人柄は、周囲の人々を惹きつける不思議な魅力に満ち溢れていました。
ミシェルは1985年に、ジャズ界の名門であるアメリカのブルーノート・レコードとフランス人として初めて契約を結びました。今回ご紹介する1989年録音のアルバム「MUSIC」は、彼が本格的に「シンセサイザー」を取り入れたことで大きな注目を集めた人気作です。シンセサイザーとは電子的に音を合成する楽器ですが、彼はこれを単なる流行のフュージョンとしてではなく、あくまで彼独自の表現手段として見事に使いこなしました。
収録曲の「マイ・ビバップ・チューン」では、彼の指が驚異的なスピードで鍵盤を駆け巡ります。これは「ビバップ」と呼ばれる、複雑な和音進行と速いテンポを特徴とするモダンジャズのスタイルを、彼流に昇華させたものです。また「パリの思い出」で見せるロマンチックな旋律には、フランス出身の彼にしか出せない気品と哀愁が漂っており、聴く者を異国の街角へと誘ってくれるでしょう。
「時間は限られている。時間との闘いだ」と語っていた彼は、1999年01月に36歳という若さでこの世を去りました。自分の運命を悟り、一日一日を懸命に生き抜いた彼の音楽には、深い悲しみを吹き飛ばすような陽気さと、その裏側にある刹那的な美しさが共存しています。彼が遺した旋律は、没後20年を経た今もなお、私たちの心の中で鮮烈な輝きを放ち続けているのです。
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