1968年の衝撃!ヒッピー文化の聖地と安井かずみを追った、熱狂のNY・SF刺激紀行

1968年01月01日、世界は若者たちのエネルギーで溢れ、既存の価値観が大きく塗り替えられようとしていました。ファッションの最前線に身を置く私も、その荒々しくも魅力的な波に抗うことはできず、たった一人でアメリカへと旅立つ決意を固めたのです。目的地はヒッピー文化が花開くサンフランシスコ、そして時代の先端を走るニューヨーク。この旅は、単なる視察以上の意味を持っていました。

当時、私の心には仕事への情熱と同時に、個人的な葛藤も渦巻いていたのです。写真家の斉藤亢氏との離婚を経験した直後で、公私ともに転換期を迎えていました。一方、親友である作詞家の安井かずみさんも、実業家の夫である新田信一氏とともにニューヨークへと渡っていました。彼女たち夫婦を応援したいという純粋な気持ちと、日本に残された寂しさが、私をアメリカへと突き動かしたのかもしれません。

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混沌と自由が同居する「ヒッピーの聖地」に触れて

羽田空港からサンフランシスコに降り立った私は、その足でダウンタウンにあるヘイト・アシュベリー地区へと向かいました。ここは「ヒッピー文化」の発祥地として知られる場所です。ヒッピーとは、1960年代にアメリカで始まった、伝統的な社会制度を否定し、平和や愛、自然への回帰を唱えた若者たちのムーブメントを指します。彼らの独創的なスタイルは、後のファッション界にも絶大な影響を与えました。

車窓から見たその景色は、想像を絶する迫力に満ちていたのです。長髪にひげを蓄えた男性たちが路上でギターを奏で、反戦の歌を口ずさむ。お香の香りが漂う中で瞑想に耽る者もいれば、裏通りでは危うい空気も流れていました。一人の男性に足をかけられそうになり、命の危険を感じて車に逃げ帰ったほどです。しかし、そこにあった「本場」の熱気は、私のクリエイティビティを激しく刺激しました。

ニューヨークの摩天楼で味わう最先端の芸術と友情

続いて訪れたニューヨークでは、安井かずみさんと新田夫妻が温かく迎えてくれました。まず足を運んだのは、ブロードウェイで封切りされたばかりのミュージカル「ヘアー」です。これはベトナム反戦をテーマにしたロック・ミュージカルで、緞帳のない舞台や、実際のヒッピーの装いを忠実に再現した衣装、斬新な演出の数々に度肝を抜かれました。まさに、新しい時代の幕開けを象徴する作品だと言えるでしょう。

マンハッタンの夜は、眠るのが惜しいほどの刺激に満ち溢れていました。ユニオン広場近くの「マクシス・カンザス・シティ」では、銀幕のスターであるフェイ・ダナウェイが談笑し、階上ではアンディ・ウォーホルがプロデュースした「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」が過激なライブを繰り広げていたのです。性や薬物をテーマにした彼らの音楽は、混沌とした時代の空気をそのまま形にしたような鋭さがありました。

安井さんに誘われ、グリニッジ・ビレッジを裸足で歩いてみたことも、今では輝かしい思い出です。ヒッピーになりきろうと靴を脱いだものの、一区画も歩かないうちに足の痛みに耐えきれず、二人で顔を見合わせて笑い転げてしまいました。本物のヒッピーにはなれなくても、自由を渇望する彼女との絆はより深まったように感じます。ネット上でも「この二人の関係性が素敵すぎる」と、当時の友情に憧れる声が多く寄せられています。

私自身、この1968年の旅がなければ、その後のデザインの方向性は全く違っていたに違いないと確信しています。常識を打ち破る若者たちのエネルギーを肌で感じたことは、表現者としての魂に火をつけました。安井さんは後に帰国し、作詞家としてさらなる高みへと登っていきますが、あのニューヨークでの日々は、私たちにとって何物にも代えがたい「自由への練習期間」だったのではないでしょうか。

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