現代の詩壇において、過去30年もの間「藤井さんの作品はとにかく面白い」という賞賛が、同業者である詩人たちの間で絶えず囁かれてきました。藤井貞和氏が生み出す詩の世界は、読者を突き放すような難解さではなく、誰をも受け入れるような懐の深さと、弾むようなリズム感に満ち溢れています。かつての戦後詩が抱えていた重苦しい思想や、近代詩にありがちな自己陶酔的な美しさに浸るスタイルとは、明らかに一線を画しているのが特徴です。
2017年11月に出版された詩集『美しい小弓を持って』(思潮社)に収録されている「紫の群生」という作品を紐解くと、その斬新な感性に驚かされるでしょう。この詩は、なんと千年前の偉大な作家である紫式部に対して、まるでお喋りを楽しむ友人のように気さくに呼びかける場面から幕を開けます。高名な古典作家を雲の上の存在として扱うのではなく、現代の日常の中に招き入れるような親しみやすさは、藤井氏ならではの言語感覚と言えるのではないでしょうか。
実は藤井貞和氏は、詩人であると同時に、日本文学界を牽引する傑出した研究者としての顔も持っています。特に「源氏物語」の分析においては、従来の常識を覆すような新しい視点を次々と提示し、学術界に大きな刺激を与えてきました。専門的な知見に裏打ちされながらも、それをガチガチの学問として語るのではなく、詩という自由な表現に昇華させている点に、この方の非凡な才能が隠されていると私は確信しています。
SNS上でも「古典を扱っているのに全く古臭くない」「言葉の使い方が現代的でスタイリッシュ」といった驚きの声が相次いでいます。ここで言う「抒情(じょじょう)」とは、自分の感情を詩的に表現することを指しますが、藤井氏の場合は過度な情緒に流されることがありません。知的な遊び心と、世の中の些細な物音にも耳を澄ませる柔軟な感性が、読者の心を自然に惹きつけるのでしょう。これこそが、令和の時代にも通用する言葉のあり方だと感じます。
学問の深淵に触れながら、同時に世俗の軽やかな空気をも呼吸する藤井氏のスタイルは、ジャンルの壁を軽々と飛び越えていきます。紫式部に「あなたのことをほったらかして、別の物語に夢中になっている」と告白するお茶目な一節は、過去と現代を地続きにする魔法のようです。一見すると相反する「研究」と「創作」を、これほどまでに見事に融合させた例は稀であり、私たちは彼の詩を通じて、言葉の持つ無限の可能性を再発見できるはずです。
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