東芝・ネクスコを渡り歩いた名リーダー矢野弘典氏が語る『論語』の神髄!不変の教養と「木鶏」の品格とは?

2019年11月02日、産業雇用安定センターの会長を務める矢野弘典氏が、自身の歩みを支えた大切な「座右の書」について深い洞察を語ってくださいました。SNSでは「百回読んでも新たな発見があるという言葉に重みを感じる」「リーダーの孤独を癒やすのは古典なのかもしれない」といった、現役ビジネスパーソンからの共感の声が相次いでいます。若き日の矢野氏が直面した葛藤と、それを乗り越える糧となった知恵の物語をご紹介しましょう。

かつて東芝の労働課長として、会社側と労働組合の間で激しい板挟みを経験した矢野氏は、心の拠り所を求めて中国の古典『論語』を手に取りました。実は学生時代から何度も挫折してきた一冊でしたが、半年かけて基礎を固め、さらには「読書百遍(どくしょひゃっぺん)」という言葉通り、100回もの通読を重ねたそうです。読書百遍とは、難しい本でも繰り返し読むことで、その真意が自然と理解できるようになるという、古くから伝わる学習の極意を指します。

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徳は孤ならず、信頼が導く事業の永続性

矢野氏が特に心を寄せたのは「徳は孤ならず、必ず隣あり」という教えです。これは、正しい行いに努める者には必ず理解者や協力者が現れるという意味ですが、企業の存続にも通じる本質だと氏は主張します。世の中から信頼される「徳」のある事業こそが、時代を超えて愛され続けるのでしょう。また、孔子は大の酒好きでありながら決して乱れなかったという人間味あふれるエピソードにも、2500年前から変わらぬ処世術を見出し、親近感を抱いたと語っています。

中日本高速道路の会長時代には、塩野七生氏の『ローマ人の物語』を読み返し、日本の道路網がなぜ水運中心に発展したのかを文明史の視点から考察されました。ICT(情報通信技術)革命による世界の「フラット化」、つまり境界がなくなるグローバル化が進む現代だからこそ、矢野氏は多様性の尊重を強く訴えます。異なる文化を認めつつ、人類が長い年月をかけて築き上げた知的財産という「共通の価値観」を持つことが、現代社会には不可欠だというのです。

「木鶏」を目指し、死ぬまで未完成であることの美学

現在、横綱審議委員会の委員長も務める矢野氏は、名横綱・双葉山が敗北した際に放った「いまだ木鶏(もっけい)たりえず」という言葉に感銘を受けています。木鶏とは、木彫りの鶏のように何事にも動じない最強の状態を指す言葉です。どんなに成功しても驕ることなく、常に学び続ける双葉山の姿勢に、真のリーダーとしての「品格」を感じずにはいられません。自著である『横綱の品格』でも、この深い精神性について言及されています。

最後に氏は、「大器晩成」という言葉の本来の意味を教えてくれました。一般的には「大物は遅れて大成する」と解釈されますが、実は「大きな器は完成することがない」というのが本来の意図だそうです。生涯を通じて成長し続け、未完成のまま高みを目指すことこそが、人間の真の豊かさなのでしょう。私も矢野氏の言葉に触れ、古典が持つ「今を生き抜く力」を改めて再認識させられました。常に学びを止めない姿勢こそ、私たちが今最も学ぶべき哲学です。

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