東京の下町で、一世紀以上にわたり日本の足元を支え続けてきた名門が、その歴史に静かな終止符を打とうとしています。東京都足立区に拠点を置く「福井靴木型製作所」は、1917年(大正6年)の創業から100年余り、職人の技を注ぎ込んできた靴木型の製造を、2019年12月31日をもって終了することを決めました。
「靴木型」とは、革靴を製造する際に靴の形状を決定づける重要な「型の土台」のことです。現在はプラスチック製が主流となっていますが、その元となる「マスターモデル」は、今でも熟練の職人が木材から削り出すことで生まれます。この繊細な微調整が、履き心地を左右する命綱と言っても過言ではありません。
1945年3月の東京大空襲で一度は工場を消失したものの、戦後の高度経済成長期とともに同社は劇的な躍進を遂げました。特に1990年代半ば、歌手の安室奈美恵さんのファッションに憧れた女性たちの間で厚底ブーツが大流行した際は、年商5億円を超えるピークを迎えました。連日の残業は、まさに時代の熱狂を象徴していたのでしょう。
トップアスリートを虜にした職人の「ミリ単位」の矜持
福井利三社長が守り抜いてきたのは、他社には真似できない圧倒的な技術力でした。その評判はスポーツ界にも轟き、プロゴルファーの石川遼選手や深堀圭一郎選手といったトップアスリートたちが、ここ一番の勝負をかけるシューズの木型制作を依頼するほど、厚い信頼を寄せられていたのです。
選手の足を自ら計測し、わずか数ミリのリクエストにも応える誠実な仕事ぶりには、SNS上でも「これこそ日本の宝」「職人技が失われるのは寂しすぎる」といった惜別の声が相次いでいます。しかし、近年は安価な海外製品の流入に加え、3Dプリンターの普及という技術革新が、伝統的な製造現場に急激な変化をもたらしました。
3Dプリンターは、デジタルデータから立体物を生成する装置で、複雑な形状を短時間で安く作成できるため、かつての職人仕事がデジタルへと置き換わっています。業界の先行きが厳しい中、福井社長は「不動産を売却すれば借金を完済できる今こそが潮時だ」と、苦渋の決断を下されました。
一つの文化が消えていくのは誠に痛恨の極みですが、引き際を自ら決める潔さもまた、職人の美学なのかもしれません。かつての工場跡地には住宅が建つ予定だそうですが、この地から世界へ羽ばたいた数え切れないほどの靴たちが、人々の歩みを支えてきた事実は、永遠に記憶されるべきでしょう。
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