南海電鉄・山中諄氏が語る関空復活の軌跡!特急ラピートV字回復を支えたLCC誘致とインバウンド戦略の舞台裏

関西の空の玄関口として躍進を続ける関西国際空港ですが、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。1995年度に1730万人を記録した旅客数は、2000年度に2058万人まで拡大したものの、2003年度には1370万人へと大幅に落ち込んでしまったのです。騒音対策のために沖合を埋め立てて建設された関空は、深刻な地盤沈下に直面し、その対策費によって建設コストが膨大になってしまいました。

当時の運営会社は約1兆円もの有利子負債、つまり利息を支払う必要がある借金を抱えることになります。この負担を補うために飛行機の着陸料が高額化し、航空会社が次々と減便や撤退を選ぶ悪循環に陥りました。さらに、廃止予定だった伊丹空港の存続や神戸空港の開港が重なり、関西の3つの空港間で激しい顧客の争奪戦が巻き起こったのです。SNSでも「当時の関空は高コストで孤立していた」と振り返る声が聞かれます。

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議論を呼んだ3空港のあり方とハブ空港化への持論

こうした危機的状況のなか、2009年に関西経済同友会の代表幹事を務めていた山中諄氏は、関空を国際拠点となる「ハブ空港」へと成長させるため、神戸空港の廃港を視野に入れるべきだという大胆な私見を表明しました。この直言は地元の首長から猛反発を受けるなど大きな波紋を広げたものの、国際線インフラを持つ関空の優位性を最優先すべきだという、地域の未来を見据えた熱い信念に基づくものでした。

一方、南海電気鉄道の誇る空港特急「ラピート」も苦境に立たされていました。1994年のデビュー時には斬新な深蒼のデザインで注目を集め、翌1995年には優れた鉄道車両に贈られる「ブルーリボン賞」に輝いています。しかし、当初は乗車自体が目的の観光客が多く、ブームが一巡すると利用者は減少に転じました。関空自体の地盤沈下に伴い、特急の乗客数も伸び悩む日々が続いたのです。

LCC誘致とビザ緩和がもたらした驚異のV字回復

この窮地を脱するため、関西の経済界は一体となってインバウンド、すなわち訪日外国人観光客の誘致プロモーションへと乗り出しました。ロンドンでの熱心なPR活動や、政府への粘り強い働きかけによって中国からの渡航ビザの発給要件が緩和されたことは、観光客を呼び込む爆発的な起爆剤となりました。地道な足腰の強い誘致活動が、徐々に実を結び始めた瞬間と言えるでしょう。

大きな転機となったのが、2007年の2本目の滑走路のオープンと、2012年の格安航空会社であるLCC専用ターミナルの整備です。ピーチ・アビエーションを皮切りにアジアのLCCが続々と就航し、新規増便を対象にした着陸料の実質無料化という大胆な施策も功を奏しました。ネット上でも「LCCのおかげで関空が身近になった」と絶賛される通り、気軽な空の旅が定着していきます。

この勢いに乗り、2009年度に約180万人まで落ち込んでいたラピートの年間乗車人員は、2018年度には約380万人へと倍以上に急増しました。さらに、2020年4月6日からはカタール航空の関空・ドーハ線が4年ぶりに再開される予定で、勢いは止まりません。2019年の外国人入国者数も前年比10%増の838万人と、開港以来初めて800万人の大台を突破しています。

現在の活況を「降って湧いたようなバブル」と評する声もありますが、それは違います。かつての厳しい低迷期を乗り越え、経済界と鉄道マンが泥臭く積み重ねてきた努力の賜物です。不屈の精神が生み出したこの揚力を維持し、関西をさらに盛り上げる仕組みづくりを私たちは応援していくべきではないでしょうか。

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