2018年9月6日に発生し、北海道全域に大きな爪痕を残した北海道胆振東部地震。あの未曾有の大災害から1年5ヶ月が経過した2020年2月13日、ついに一つの大きな節目を迎えました。北海道安平町が4世帯5人に対して継続して発令していた避難指示を、本日正式に解除したのです。これにより、ピーク時には道内で185世帯338人にも上っていた住民への避難指示が、すべての地域で完全に解消されることになりました。
この待ち望んだニュースに対し、SNS上では「本当に長い間お疲れ様でした」「これでようやく一つの区切りがついたね」といった、安堵と祝福の声が数多く寄せられています。その一方で、被災された方々の生活再建はこれからが本番であるという現実を指摘する意見も目立ち、複雑な思いで見守る人が多いようです。行政の避難指示という「枠組み」は外れたものの、住民の心に寄り添う支援は、むしろこれからが正念場だと言えるでしょう。
長期化したのり面工事と、背景にある複雑な土地問題の全貌
なぜ、これほどまでに避難指示の解除が長期化してしまったのでしょうか。その主な原因は、住宅地に隣接する「のり面」の崩落リスクと、それに伴う補強工事の難航にあります。ここで言う「のり面」とは、人工的に土を削ったり盛ったりして作られた、傾斜のある斜面のことです。地震によってこの斜面が崩れる危険性が高まったため、安平町の追分地区では安全が確保できるまで、住民が自宅に戻れない状態が続いていました。
さらに、工事を遅らせた要因は技術的な問題だけではありません。実は、先に避難指示が解除された早来地区では、過去に社会問題となった「原野商法」による分譲地がのり面の一部に含まれていました。原野商法とは、値上がりの見込みがほとんどない山林や原野を「将来必ず高値で売れる」と欺いて売りつける悪質な詐欺手法です。この影響で地権者との連絡や用地交渉が極めて困難になり、復旧への足かせとなってしまいました。
「家がない」という切実な声から考える、真の生活再建への課題
安全が確認されたことは喜ばしいですが、避難指示が解けたからといって、すぐに以前の生活に戻れるわけではありません。今回対象となった4世帯は、すでに自宅が公費で解体されるなどしており、現時点で町に戻れる目処が立っていないのが現状です。追分地区で最後まで避難指示の中にいた69歳の会社員、清野洋司さんは「借家だったため、大家が再建するか分からず、町に住み続けたくても住まいが見つからない」と胸の内を明かしています。
私はこの声を聞き、災害復興の難しさを痛感せざるを得ません。行政によるインフラの修復や安全宣言は、復興の「土台」に過ぎないのです。そこに暮らす人々が、安心して眠れる家を確保できて初めて、本当の意味での復興が達成されます。特に賃貸物件に住んでいた被災者への住宅支援や、過疎化が進む地域でのコミュニティ維持に対して、国や自治体はより柔軟で手厚いセーフティネットを用意すべきではないでしょうか。
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