2019年6月4日、ドイツ政界に大きな激震が走りました。アンゲラ・メルケル首相が率いる「大連立政権」を支えてきた国政第2党、ドイツ社会民主党(SPD)のアンドレア・ナーレス党首が辞任を表明したため、政権の基盤が大きく揺らいでいる状況です。SPDは長らく続く党勢の衰退に歯止めがかからないことから、党内では、メルケル首相の所属するキリスト教教民主・社会同盟(CDU・CSU)との連立から離脱すべきだという意見が勢いを増しています。もしSPDがこの党首交代を機に連立解消へと舵を切れば、メルケル政権は崩壊(瓦解)の危機に直面しかねない重大な局面を迎えていると言えるでしょう。
ナーレス氏の辞任表明を受け、メルケル首相は6月2日午後(日本時間3日未明)、「政府の仕事を責任をもって進めていきたい」と述べ、これまで通り大連立政権を維持していく意向を強く示しました。また、メルケル氏が所属するCDUのアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党首も同日、「党の戦略を考える時ではない。我々は今後も大連立を支持する」と表明し、事態の沈静化を図っています。しかし、政権の命運は、SPDが連立継続を選択するかどうかにかかっています。ドイツ大衆紙『ビルト』によれば、SPD内部からも「クリスマスまで大連立があるかは分からない」といった連立維持を危ぶむ声が飛び交い始めており、不安が広がっている様子です。
SPDの危機感は、直近の選挙結果に如実に表れています。2019年5月23日から26日にかけて実施された欧州議会選挙において、SPDの得票率は過去最低の15.8%という低水準にとどまり、前回2014年と比べて実に11.5ポイントも大幅に低下してしまいました。連立与党であるCDU・CSUも28.9%と6.4ポイント票を減らし、初めて3割を切るという結果になりました。一方で、大きく票を伸ばしたのが、環境保護を主要な政策とする「緑の党」でした。この結果は、有権者の意識が変化し、これまでの二大政党に対する失望感の現れと見て取れます。
SPDが支持を失った背景には、長年の支持基盤であった労働組合の弱体化など、ドイツの社会構造の変化が挙げられます。それに加え、CDU・CSUという「中道右派」の政党との大連立に加わったことで、SPDが掲げるべき「中道左派」としての政策や特色が曖昧になり、有権者へのアピール力を欠いたことが大きな要因だと分析されます。このまま大連立にとどまり続ければ、党の独自性が失われ、回復のきっかけをつかめなくなるとの強い危機感が、特に党の青年組織を中心に高まっていたのです。連立政権への参加は、時に自身のアイデンティティを薄れさせる「劇薬」にもなりうるという私の見解を、この状況は裏付けていると言えるでしょう。
ナーレス氏は党員に向けたメールの中で「職務の執行に必要な支持がもはや得られない」と、辞任の本音を打ち明けました。彼女が辞任を決意したのは、こうした党内の強い逆風と、連立に対する不満を肌で感じ取ったからに違いありません。実はSPDでは、当初から大連立への参加に慎重な意見が根強かったのです。しかし、2018年1月の党大会で、自分たちの政策実現につながると熱意ある演説で反対派を説得し、政権発足へと導いたのが、当時のナーレス氏でした。それだけに、今回の辞任は、彼女自身の政治生命をかけた決断であったと考えられます。
ナーレス氏の辞任を受け、SPDは6月3日、メクレンブルク・フォアポンメルン州首相のマヌエラ・シュベーズィヒ氏と、ラインラント・プファルツ州首相のマルー・ドライヤー氏という人気と実力を兼ね備えた女性指導者2名に加え、ヘッセン州のトルステン・シェーファー=ギュンベル氏の計3名が暫定的に党を率いる「集団指導体制」を敷き、この難局を乗り切る構えを見せています。正式な党首を決める党大会の開催時期は、現時点では12月が予定されていますが、早期の前倒しを求める声も一部で上がっており、予断を許さない状況です。
秋の州議会選挙と連立中間評価の行方
ドイツの政治情勢は、秋に向けてさらに緊張が高まる見込みです。2019年9月と10月には、旧東ドイツにあたる3州で州議会選挙が実施される予定ですが、旧西ドイツとの経済格差に対する不満を持つ有権者が多く、極右政党の躍進が強く予想されています。さらに、ドイツの国会議員の任期(4年間)の中間評価を行うことが、連立協定の中で義務付けられています。この中間評価は、連立政権の政策実行度を測る重要な指標となるため、もしSPDが、自分たちの掲げた政策が十分に実現できていないと判断した場合、連立からの離脱を選択する可能性が非常に高いと見られています。
仮にSPDが連立離脱という重大な決断を下した場合、CDU・CSUは新たな連立パートナーを探さざるを得ません。しかし、過去には自由民主党と緑の党との3党連立交渉(ジャマイカ連立とも呼ばれる)が失敗に終わり、結果として大連立に落ち着いたという経緯があります。そのため、新たな連立パートナー探しは、極めて難航することが避けられないでしょう。この政局の混乱は、ドイツの政治的な安定性を大きく揺るがすことになり、ヨーロッパ全体にも波紋を広げることになるでしょう。今後のSPDの動向と、メルケル政権の対応に、引き続き注目が集まります。
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