私たちが日常的に利用しているSNSが、いまや物理的な兵器に匹敵する「武器」として戦場で活用されていることをご存知でしょうか。デイヴィッド・パトリカラコス氏による著書『140字の戦争』は、スマートフォン一台が世界を揺るがす情報戦の最前線を鮮烈に描き出した一冊です。中東情勢に精通したジャーナリストの視点から、ネット空間で繰り広げられる心理戦の裏側がルポルタージュ形式で綴られています。
本書で象徴的に取り上げられているのは、2014年頃にイスラエルからの激しい攻撃にさらされたパレスチナの少女の事例です。彼女は戦火の恐怖をリアルタイムで発信し続けることで、国際社会の同情を惹きつけ、イスラエルへの非難の声を高めることに成功しました。このように、かつては国家が独占していた情報の拡散力を、現代では「たった一人の個人」が手にしているという事実は、現代社会の大きな変容を物語っています。
こうしたパレスチナ側の「宣伝(プロパガンダ)」に対抗すべく、イスラエル国防軍もまた、SNSを専門に扱う報道官部隊を強化するという興味深い動きを見せています。プロパガンダとは、特定の思想や世論を特定の方向に誘導するための宣伝活動を指しますが、現代の軍隊にとってSNSでのフォロワー数や拡散力は、戦車や戦闘機の数と同じくらい戦略的に重要な意味を持つようになっているのでしょう。
特に読者の興味を引くのは、ロシアによるウクライナへの武力干渉を正当化するために暗躍した「ネット工作員」の告白です。ある失業したジャーナリストは、生活費を稼ぐために「偽ニュース(フェイクニュース)」を量産する組織に雇われました。彼は2014年03月18日のロシアによるクリミア半島併合宣言や、ウクライナ東部の親ロシア派勢力を支持する記事を執筆し、インターネット上に放流し続けたのです。
情報戦の光と影:アラブの春から現代の世論操作まで
この組織的な手口は、トランプ氏が勝利を収めた2016年11月08日の米大統領選挙において、ロシアがネットを通じて介入したとされる疑惑を強く連想させます。SNS上では、事実に基づかない情報であっても、人々の感情を刺激する内容であれば瞬く間に拡散されてしまいます。一度広がった不信感や怒りは、現実世界の政治や安全保障にまで深刻な影響を及ぼすという恐ろしい側面を本書は浮き彫りにしました。
SNSの持つ力は、決して負の側面ばかりではありません。2011年頃に中東各国で巻き起こった民主化運動「アラブの春」では、バラバラだった個人がSNSを通じて繋がり、強固な独裁政権を崩壊させる原動力となりました。草の根の力が世界を変える希望を見せた一方で、現在では権力者やテロリストまでもが自らの利益のためにこのツールを巧妙に利用し始めているという現実は、非常に皮肉なものだと言わざるを得ません。
SNSでは「これこそが真実だ」という熱狂的な声が飛び交っていますが、それは誰かに仕組まれた演出かもしれません。私は、情報の受け手である私たち自身が、流れてくる言葉の裏側を読み解く「メディアリテラシー」を養うことが不可欠だと強く感じます。誰でも発信者になれる時代だからこそ、感情的な投稿に同調する前に、一歩立ち止まってその情報の出所を疑う冷静さが、現代の市民には求められているのではないでしょうか。
2019年07月20日に紹介された本書のタイトルは当時のツイッターの文字数制限に由来していますが、たとえ制限が緩和されても、言葉を武器にする情報の戦いは激化する一方です。SNSがもたらす情報の民主化という「光」と、世論操作という「影」を、本書は冷徹に描写しています。今この瞬間も画面の向こう側で展開されている140字の攻防戦を、ぜひその目で確かめてみてください。
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