2013年09月07日、東京でのオリンピック・パラリンピック開催が決定した瞬間、パラリンピアンの谷真海さんは歓喜とともに、ある種の心地よい緊張感に包まれたそうです。前年に開催されたロンドン大会が「史上最高」と称賛されるほどの熱狂に包まれていたからこそ、そのバトンを受け継ぐ責任の重さを、誰よりも早く肌で感じていたのでしょう。準備期間としての7年を「まだある」と楽観視するのではなく、「もうそれしかない」と捉えるプロフェッショナルの視点に、思わず身が引き締まる思いがいたします。
パラ競技への認知度は着実に高まっていますが、実際にスタジアムへ足を運ぶというハードルは、まだ多くの人にとって高く感じられるのが現状かもしれません。しかし谷さんは、もっと肩の力を抜いて、純粋なスポーツの祭典を楽しむ感覚で会場に来てほしいと願っています。五輪のチケットが手に入らなかったという方も、比較的リーズナブルに観戦できるパラリンピックに注目してみてはいかがでしょうか。そこには、想像を超えるダイナミックな世界が広がっているはずです。
特に次世代を担う子どもたちにとって、この大会は最高の学びの場となるでしょう。病気によって2002年に右足の膝下を切断した谷さんが、子どもたちの前で義足を履き替えて力走を見せると、最初は不安そうだった瞳が瞬く間に「すごい!」という憧れの輝きに変わるのです。身体の特徴を「欠損」ではなく、ひとつの「個性」や「能力」として捉え直す瞬間こそが、パラリンピックが持つ魔法のような力だと言えますね。
スポーツには、障害の有無だけでなく、国籍や人種といったあらゆる境界線を一瞬で溶かしてしまう不思議な魅力が備わっています。谷さんは、この大会を通じて私たちの心の中にある「見えない壁」が取り除かれることを強く期待しています。たとえ言葉が通じなくても、限界に挑むアスリートの姿に胸を打たれるとき、私たちは同じ人間として深く繋がり合えるのではないでしょうか。そんな純粋な感動が、社会をより豊かに変えていく原動力になるに違いありません。
心のバリアフリーを育むコミュニケーションの第一歩
東京の街づくりにおいても、段差の解消といったハード面の整備は2019年08月05日現在、着実に進んできました。しかし、真の意味で暮らしやすい社会を築くためには、私たちの内面というソフト面のアップデートが不可欠です。例えば、街で白杖(視覚障害者が周囲の安全を確認し、自身の存在を知らせるための杖)を持つ方を見かけたとき、何ができるかを考え込む前に、まずは「何かお手伝いしましょうか?」と一言声をかけてみる勇気が大切でしょう。
人によって必要とする手助けの内容は千差万別であり、正解を決めつける必要は全くありません。車椅子のまま食事を楽しみたい方もいれば、座席に移りたい方もいらっしゃるように、コミュニケーションを通じてその都度確認し合うことが、お互いにとっての心地よさを生み出すのです。パラリンピックという大きなイベントが、こうした日常の些細な勇気や、歩み寄るきっかけをくれる「通過点」となることを、彼女は切に願っています。
競技環境に目を向けると、谷さんが初めて挑んだ2004年08月のアテネ大会当時は、代表ジャージすら自費で購入していたというから驚きです。現在は企業の支援や強化費が増え、若手選手が海外遠征に挑めるほど環境は劇的に改善されました。しかし、谷さんは現状を「バブル」のようなものだと冷静に分析し、大会が終わった後もこの熱量を維持できるかどうかに強い危機感を抱いています。恵まれた今だからこそ、選手も観客も、その価値を再定義する必要があるのでしょう。
SNS上では「義足の機能美に圧倒された」「パラをきっかけに自分自身のバイアスに気づけた」といった感動の声が数多く寄せられています。谷さんの言葉通り、2020年の大会を単なる「ゴール」にするのではなく、多様性を認め合える新しい日本へと進化するための「スタートライン」にしたいものですね。一人ひとりが競技の魅力に触れ、自分のこととして社会を考え始めること。それこそが、彼女がスピーチを通じて日本に運んできた本当のギフトなのかもしれません。
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