奈良の古都、興福寺の国宝館には、見る者の心を一瞬で捉えて離さない素晴らしい仏像たちが安置されています。その中でも特に異彩を放っているのが「十大弟子立像」の一柱である「富楼那(ふるな)像」です。十大弟子とは、仏教の開祖であるブッダの弟子たちの中で、特に優れた能力を持っていた10人の高弟を指しています。
この尊像が誕生したのは、今から遥か昔の734年(天平6年)のことでした。時の光明皇后が、亡き母である橘三千代の一周忌という大切な節目に、深い哀悼の意を込めて造らせたと伝えられています。母親への尽きせぬ愛と供養の心が、1300年近い時を超えて、現代の私たちにも静かな感動を伝えてくれるのではないでしょうか。
富楼那像は「説法第一」という異名を持っており、その名の通り、教えを説く能力において右に出る者はいなかったといわれています。興福寺に伝わるこの像の表情に注目してみると、まるで目の前の相手に対して「それは違いますよ」と優しく諭すような、今にも言葉が溢れ出しそうな躍動感に満ち溢れているでしょう。
この像の制作には「脱活乾漆(だっかつかんしつ)」という高度な技法が用いられています。これは粘土の原型の上に麻布を漆で塗り固め、後から中の粘土を抜き取る手法で、非常に軽量ながらも細やかな表情を表現できるのが特徴です。当時の職人たちが魂を込めて作り上げたからこそ、この生身の人間のような質感が生み出されたのです。
SNS上でもこの富楼那像の魅力は話題となっており、「あのリアルな表情に見つめられると、自分の悩みを見透かされているような不思議な感覚になる」といった声や、「厳しいだけでなく、包み込むような優しさが伝わってくる」という感動のコメントが数多く寄せられています。多くの人々が、その人間味あふれる造形に心動かされているようですね。
私は、この像の最大の魅力は「対話の予感」にあると考えています。単なる祈りの対象としての仏像を超え、現代を生きる私たちの迷いに耳を傾けてくれるような親しみやすさが、富楼那像には宿っています。歴史の荒波を乗り越えて今日まで守られてきたそのお姿は、まさに日本の宝と呼ぶにふさわしい存在と言えるはずです。
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