「KIMONO」騒動から考える文化の盗用とは?ファッション界が直面する倫理と創造の境界線

2019年06月、アメリカの著名なセレブリティであるキム・カーダシアン氏が発表した補整下着ブランド「KIMONO(キモノ)」が、世界中で大きな波紋を呼びました。彼女はこの名称について、自身の名前と、女性のシルエットを美しく整える「私にとっての着物」という想いを掛け合わせたと説明し、米国での商標登録も申請していました。しかし、日本の伝統文化を象徴する言葉が、全く文脈の異なる下着のブランド名として独占されようとしたことに、国内外から猛烈な反対の声が上がっています。

SNS上では「#KimOhNo」というハッシュタグが拡散され、日本の伝統に対する敬意の欠如を嘆く投稿が相次ぎました。こうした事態を受け、カーダシアン氏は2019年07月に名称変更を決断し、最終的に「SKIMS」という新ブランド名で再出発することを表明しています。この騒動をきっかけに、改めてクローズアップされているのが「文化の盗用」という概念です。これは単なるアイデアの借用ではなく、根深い社会問題を孕んでいることを私たちは理解しなければなりません。

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繰り返される「文化の盗用」その定義とファッション業界の苦悩

文化の盗用とは、主に社会的強者であるマジョリティ(多数派)が、マイノリティ(少数派)の持つ固有の文化や伝統、宗教的シンボルなどを、深い理解や敬意を払わずに搾取的に利用することを指します。近年、ファッション界ではこの問題が頻発しており、2016年には「マークジェイコブス」が、ジャマイカの信仰「ラスタファリアン」を象徴するドレッドヘアを、背景の説明なしに白人モデルに採用したことで厳しい批判の的にさらされました。

また、2019年には「キャロリーナ・ヘレナ」の2020年リゾートコレクションにおいて、メキシコの先住民族が受け継いできた伝統的な刺しゅう柄が無断で使用されたとして、メキシコ政府が公式に説明を求める事態にまで発展しています。ブランド側はしばしば「異文化への賛辞」や「敬意」を理由に挙げますが、権力や資本を持つ側が、他者の歴史や重みをビジネスの道具として消費することの危うさを、専門家は構造的な問題として指摘しているのです。

デザイナーたちが、なぜこれほどまでに他文化の要素を安易に求めてしまうのか。その背景には、近年のファッションビジネスの過酷なサイクルがあるようです。春夏・秋冬のメインコレクションだけでなく、リゾートやホリデーといったプレシーズンが次々と加わり、常に新しいアイデアを絞り出す必要に迫られています。このスピード感の中では、一つの文化を深く調査し、真摯に向き合うだけの時間的余裕が失われているのが現状なのでしょう。

無自覚な消費者への警鐘と私たちが持つべき視点

この問題は、決して有名ブランドやデザイナーだけの話ではありません。私たち消費者もまた、知らないうちに他者の聖域を土足で踏み荒らしている可能性があるからです。アメリカの音楽フェスでは、ネイティブアメリカンにとって神聖な羽飾りを、単なる「可愛いファッション」として着用する若者が続出し、当事者から深い悲しみの声が寄せられました。文脈を無視した消費は、時に誰かの誇りを傷つける武器になってしまうのです。

私は、文化の交流自体を否定すべきではないと考えています。しかし、そこには必ず「学び」と「対等な関係」が必要です。他者の文化に触発されたとき、そのルーツはどこにあるのか、どのような歴史的・宗教的な意味があるのかを問い直す誠実さが求められます。グローバル化が進み、世界中のデザインに指一本でアクセスできる現代だからこそ、自らの表現が誰かの文化を「盗む」行為になっていないか、立ち止まって考える感性を大切にしたいものです。

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