大阪万博の遺産が神戸に?「カンボジア館」が繋ぐ50年の絆と、奇跡の保存ストーリー

1970年の大阪万博から半世紀近くが経過した今も、その熱狂を色濃く残す「レガシー(遺産)」が、意外な場所で息づいています。神戸市北区の閑静な住宅街、広陵町に足を踏み入れると、周囲の景観の中で一際異彩を放つ鮮やかなオレンジ色の建築物が目に飛び込んできます。高さ約12メートルにも及ぶ鋭い三角屋根を持つこの建物は、かつての万博で異国の文化を伝えた「カンボジア館」そのものです。閉幕後に取り壊される運命だったパビリオンが、なぜこの場所で地域のシンボルとなったのでしょうか。

この建物は、万博が閉幕した翌年の1971年に、住宅関連会社の手によって現在の場所へと移設されました。当初は住宅地の分譲を盛り上げるための象徴的な存在として利用されていましたが、1992年には広陵町自治会へと寄贈され、住民たちの集会所として新たな命を吹き込まれたのです。現在では「パビリオン」という愛称で親しまれており、卓球や剣道、社交ダンスといった多彩な活動の場として、連日多くの人々で賑わっています。自治会長の田中収さんによれば、その稼働率はなんと80パーセントにも達するそうです。

SNS上でもこの場所は密かな注目を集めており、「住宅街の中に突如現れる万博の遺構がカッコよすぎる」「今も現役で使われているなんて奇跡だ」といった驚きの声が上がっています。万博という非日常の装置が、数十年という歳月を経て、人々の日常に完全に溶け込んでいる姿は、まさに理想的な建築の在り方と言えるかもしれません。しかし、こうした幸せな共存の裏には、老朽化という避けては通れない大きな壁と、それを乗り越えようとした住民たちの熱い決意が隠されていました。

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世界的建築家の傑作を救え!文化財登録への新たな挑戦

数年前には建物の傷みが進行したため、一時は取り壊しの議論も持ち上がりました。ところが、専門家による詳細な調査の結果、この建物はカンボジアの著名な建築家が手掛けたものであり、本国ですら目にかかれないほど希少なデザインであることが判明したのです。このニュースはカンボジア大使館をも動かし、建物の存続を強く要望する事態へと発展しました。自分たちが何気なく使っていた集会所が、実は世界的に価値のある宝物だったという事実は、地域住民に大きな衝撃と誇りを与えました。

住民たちは、大切な拠点を守るために立ち上がりました。自治会の積立金を投じることを決断し、2017年には約2600万円という巨額の費用をかけて大規模な改修工事を実施しています。屋根瓦の葺き替えや床の交換を経て、かつての輝きを取り戻した「カンボジア館」は、今や単なる建物ではありません。毎年11月に開催される文化祭では、カンボジアからの留学生を招くなど、国境を越えた交流の懸け橋としても機能しています。地域を束ねる力と、国際的な友好の印が、この三角屋根には宿っているのでしょう。

万博のパビリオンは本来、期間限定の仮設建築であることが一般的ですが、こうして地域の知恵と愛着によって生き残り続ける姿には、深い感銘を覚えます。スクラップ・アンド・ビルドが繰り返される現代において、古いものを大切に使い続ける精神こそが、私たちが学ぶべき真の豊かさではないでしょうか。田中会長は今後、この貴重な建物を後世へ確実に引き継ぐため、文化財としての登録を目指すと語っています。2019年09月10日現在、このオレンジ色の屋根は、未来への希望を乗せて高くそびえ立っています。

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