ロシアの経済は、石油や天然ガスといったエネルギー産業がまさに屋台骨でございます。歳入の約4割、輸出総額の半分以上をこれらの資源が占めているため、国際的な原油価格の動きが国内経済、特に通貨の価値に直接的に影響を与えてきました。実際に、原油価格とロシアの通貨ルーブルの間には、これまで中長期的に非常に高い相関性が見られていたのが実情です。
ところが、2017年半ばごろから、この常識とも言える相関関係に乱れが生じています。原油価格は上昇傾向にあるにもかかわらず、ルーブルの価値は下落、つまりルーブル安の傾向が続いているのです。国際協力銀行モスクワ駐在員事務所の千葉大介首席駐在員によれば、このねじれ現象の背景には、ロシア政府による「外貨準備政策」も一因として挙げられます。これは、原油価格が一定水準を上回った際に、石油・天然ガス輸出による収入の一部を政府が外貨として積み立てる仕組みです。
しかし、何よりも大きな要因として私たちの目を引くのは、米国の対ロシア経済制裁の厳しさでしょう。2014年のウクライナ危機をきっかけに、米国や欧州連合(EU)などがロシアに対して導入したこの制裁措置は、ロシア経済の動きを大きく左右する要因となっています。制裁は大きく分けて二つの柱があります。一つは「ロシアのエネルギー企業や金融機関などへの融資禁止」であり、もう一つは、特定の企業や個人との「取引禁止と米国内資産の凍結」です。
この二つの制裁のうち、特に後者の「取引禁止・資産凍結」の措置は、対象となった企業や個人にとって、ビジネス上の影響が甚大であるため、より厳しいものだと考えられます。オバマ政権下では、融資禁止の制裁は実施しつつも、この厳しい取引禁止の対象は限定的でした。ところが、トランプ政権が発足すると、米国議会が主導する形で、この「取引禁止・資産凍結」の対象が拡大され、ロシア経済全体への影響が一気に大きくなったのです。
中でも、経済界に大きな衝撃を与えたのは、2018年4月6日に実施された、ロシアの実業家であるオレグ・デリパスカ氏や、同氏が保有する世界的なアルミニウムメーカーのルサール、自動車メーカーのガズなどに対する制裁です。これらの企業はグローバルに事業を展開しており、制裁が発動されたことでビジネス界全体に動揺が広がりました。この日のルーブルは、対ドルで前日比6.1%という急激な下落を記録しています(ルサールは後に2019年1月に制裁対象から除外されています)。
この厳しい制裁措置は、2017年8月に米国議会で制定された「制裁強化法」に基づき、トランプ政権が議会に提出した、プーチン大統領との関係が深いとされる個人や企業のリスト、通称「クレムリン・リスト」に沿って実行されました。さらに、米国議会では、これに飽き足らず、対ロシア制裁をさらに強化する法律を制定しようとする動きが常にくすぶっています。2018年8月8日には、ロシアの国有銀行などを対象とする追加の取引禁止・資産凍結法案が報じられただけで、ルーブルは前日比で4.1%も急落しました。
この法案自体は成立には至りませんでしたが、内容に修正を加えた別の法案が2019年2月13日に議会に再度提出されるなど、制裁強化の圧力は弱まる気配がありません。米国の2016年大統領選挙を巡るロシア疑惑の動きは一時的に収まったとの見方もありますが、中東情勢の安定化といった国際的に協力が望まれる課題においても、両国間の協力は進まず、相互の不信感が募る一方です。このように、原油価格が高水準を保っていても、ルーブルが安値で推移する背景には、米国の制裁がもたらす地政学的なリスクが重くのしかかっていると言えるでしょう。
私は、この状況は非常に危ういと考えています。ロシアの通貨と経済の浮沈は、もはや原油の国際相場だけでなく、米国の「制裁の動向」という、予測が難しい政治的な要素に強く依存しているからです。特に、追加制裁の報道一つで通貨が大きく動揺する様子は、市場がどれほど神経質になっているかを示しています。安定した経済成長を目指すには、国際的な信頼回復が不可欠ですが、米ロ間の対立解消の糸口が見えない現状、ロシア経済の今後は、依然として五里霧中と言わざるを得ません。
コメント