【追想】伊藤雅治氏が遺した医療改革の魂:患者主体の政策実現へ捧げた信念の軌跡

2019年9月1日に76歳でこの世を去った伊藤雅治さんは、日本の医療行政に「対話」と「信念」を吹き込んだ稀代の医系官僚でした。医系官僚とは、医師免許を持ちながら厚生労働省などで専門知識を活かして政策立案に携わる公務員を指しますが、彼はその枠に留まらない情熱を持っていました。新潟大学での学生時代には、当時問題となっていた無給研修(インターン)制度の廃止運動を先導し、若くして変革の旗手としての頭角を現したのです。

1971年に旧厚生省へ入省してからは、結核対策や薬害エイズ問題といった困難な感染症対策の最前線に立ち続けました。特に「寝たきり高齢者ゼロ」という大きな目標を掲げ、現在の介護保険制度の土台となる訪問看護サービスの基盤を整備した功績は計り知れません。2001年に医政局長として退官するまで、日本の医療提供体制の舵取りを担う重要なポジションで辣腕を振るい続け、常に国民の健康を見守る眼差しを忘れることはありませんでした。

退官後、全国社会保険協会連合会の理事長を務める中で、伊藤さんはある矛盾に直面します。それは、数字上の医療費削減を優先するトップダウンの政策が、現場の医師や看護師を疲弊させている現実でした。現場を愛する彼にとって、この状況は看過できない事態だったに違いありません。そこで彼は、改めて東京大学の講座で学び直し、医療を受ける側である「国民」が主体となって負担と給付の議論に参加すべきであるという、画期的な提言をまとめ上げました。

この情熱はやがて、患者団体が集う「患者の声を医療政策に反映させるあり方協議会」の設立へと結実し、医療基本法の制定に向けた大きなうねりを作り出しました。SNS上でも「これほどまでに患者に寄り添った元高官はいない」「官民の架け橋だった」と、その死を惜しむ声が相次いでいます。行政の論理と国民の願い、その両方を深く理解していた彼のような存在こそ、混迷を極める現代の医療界において、私たちが必要としていた真のリーダーだったと言えるでしょう。

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