大沢在昌が語る「ウォーキングの流儀」と欲の哲学!赤坂・新橋を歩いて見つけた“なりたい自分”の行方とは?

直木賞作家の大沢在昌さんが、2019年10月21日に自身の習慣であるウォーキングの再開を明かしました。30年近く継続しているこのルーティンですが、近年の猛暑を考慮し、35度を超える真夏の時期は健康を最優先して一時中断していたそうです。起床後のストレッチから始まり、赤坂の仕事場を起点に新橋や四ツ谷、神宮外苑を約1時間かけて巡るコースは、日々の執筆活動に向けた心身の準備運動といえるでしょう。

かつての拠点が丘の上の六本木だったのに対し、現在の赤坂は低地に位置するため、歩き出しは常に上り坂から始まります。通勤ラッシュの時間帯、スーツ姿の人々に混じって軽装で歩く自分を「浮いているのではないか」と自虐的に捉えるユーモアも、大沢さんらしい視点ですね。SNSでは「巨匠も同じように周囲の目を気にするのか」と親近感を覚える声や、「自分も朝の散歩を始めたくなった」といったポジティブな反応が数多く寄せられています。

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街角の観察から生まれる「欲」という名の原動力

大沢さんにとって、独りで机に向かう執筆業の合間のウォーキングは、不特定多数の人々を観察する貴重なインプットの場でもあります。かつては街行く人々を見て「あんな風になりたい」というポジティブな欲求を膨らませていたと振り返ります。颯爽としたビジネスマンに刺激を受けてダイエットを志したり、高級外車に憧れて成功を夢想したりと、街には自分の欲望を刺激する「なりたい自分」が溢れていたというエピソードは、非常に人間味に溢れています。

ここで大沢さんは「欲深いことは決して悪ではない」という持論を展開しています。他者を蹴落とすような強欲は論外ですが、認められたい、より良いものを作りたいという適切な「欲」こそが、仕事や健康維持への努力を支えるエンジンになるという主張です。この考えには私も強く共感します。メディアの現場でも、現状に満足せず「もっと面白い記事を届けたい」という健全な欲求がある書き手ほど、読者の心に刺さる言葉を紡ぎ出せるものだからです。

加齢と向き合い「食べたい自分」を肯定する健やかさ

しかし、60歳を過ぎると「なりたい自分」よりも、体力の衰えや現実を直視した「なれない自分」を意識する機会が増えたと綴っています。かつての理想を追うことが難しくなった現状を、加齢や努力不足と冷静に分析する姿勢には、大人の余裕と一抹の寂しさが漂います。それでも大沢さんは、ただ溜息をついて終わるようなことはしません。視線を道中のお弁当屋さんに移し、その日の気分にぴったりの昼食を探す楽しみへと昇華させています。

新橋界隈の豊かな食文化に触れ、お気に入りのお弁当を手にした瞬間に悩みは吹き飛び、「食べたい自分」が勝利を収めます。理想の自分に手が届かなくても、今この瞬間の小さな欲求を満たすことで足取りを軽くする。この切り替えの早さと日常を愛でる力こそが、長く第一線で活躍し続ける秘訣なのでしょう。私たち読者も、大きな目標に疲れたときは、大沢さんのように「今日のご飯」に全力を注いでみるのが良いかもしれませんね。

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