萩生田文科相が「身の丈」発言を撤回。英語民間試験を巡る格差懸念と教育の平等とは

2019年10月29日、日本の教育界を揺るがしている大学入学共通テストへの英語民間試験導入について、大きな動きがありました。萩生田光一文部科学大臣は、先日出演したテレビ番組内での「身の丈に合わせて頑張ってもらえば」という発言を正式に撤回し、謝罪を表明したのです。この発言は、受験生の住む地域や経済状況によって生じる不平等を容認するかのようなニュアンスを含んでいたため、受験生や保護者から猛烈な批判を浴びていました。

ここで議論の焦点となっている英語民間試験とは、英検やGTECといった外部の検定試験を大学入試に活用する制度を指します。従来の「読む・聞く」に「話す・書く」を加えた4技能を評価することが目的ですが、試験会場が都市部に偏っている点や、受験料の負担が重いといった課題が山積しています。このような背景がある中で、文部科学省のトップが格差を肯定するような言葉を口にしたことは、公正さが求められる教育現場において極めて深刻な事態だと言えるでしょう。

SNS上では今回の撤回劇に対し、怒りや不安の声が渦巻いています。「受験生は一生懸命努力しているのに、その努力を環境のせいで制限するのはあんまりだ」といった投稿や、「発言を消しても制度の欠陥が治るわけではない」という鋭い指摘も目立ちました。多くの国民は、単なる言葉の言い直しではなく、制度そのものが抱える構造的な欠陥に向き合うことを強く求めていることが、ネット上の熱量からもひしひしと伝わってきます。

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教育の機会均等という大原則を問い直す

私自身の見解を述べさせていただきます。教育とは、本来であれば本人の意欲と才能次第でどのような未来も描ける「希望のパスポート」であるべきです。生まれ育った環境や親の年収によって挑戦の機会が左右される「身の丈」重視の社会であってはなりません。大臣が謝罪したことは一歩前進ですが、大切なのは形式的な発言撤回ではなく、地方の学生や経済的に困難な家庭の子供たちが、一ミリの不安もなく試験に臨める環境を整えることです。

2019年10月29日の会見を経て、今後どのように制度が修正、あるいは凍結されるのか、その動向から目が離せません。公平な試験制度は民主主義の根幹であり、未来を担う若者たちに対する大人たちの責任でもあります。この混乱が、単なる政治的なパフォーマンスで終わることなく、真に平等で質の高い英語教育の実現に向けた建設的な議論へと発展することを、切に願ってやみません。

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