北海道の厚岸沖に浮かぶ無人島、大黒島をご存じでしょうか。今からおよそ40年前の出来事として、動物学者の今泉忠明氏が非常に興味深いエピソードを披露しています。1979年(昭和54年)ごろ、今泉氏は北海道大学の研究チームに同行し、オオセグロカモメの繁殖地であるこの島を訪れました。
6月の繁殖期を迎えた島内では、親鳥たちがヒナを守るために懸命な姿を見せていたそうです。オオセグロカモメは、翼の上面が濃い灰色をした大型のカモメで、日本では主に北日本で繁殖します。彼らの生態で特に注目すべきなのは、非常に厳格な「縄張り意識」と、驚くほど緻密な「コミュニケーション能力」にあります。
共通語と親子限定の合言葉:鳴き声の使い分け
カモメの巣は、互いにわずか1メートルほどの距離で隣接していますが、一歩でも他者の領域に踏み込めば激しい争いに発展します。そんな緊張感漂う環境で、親鳥は巧みに鳴き声を使い分けています。天敵が現れた際の「警戒音」は、周囲の個体すべてに危険を知らせる、いわば集団の共通言語として機能しているのです。
一方で、周囲の安全が確認された際に出される「給餌音」は、全く異なる役割を持っています。親鳥が「キューキュー」と喉を鳴らすと、草むらに身を潜めていた自分のヒナだけが、迷うことなく駆け寄ってくるというのです。これは、親子間だけで通じ合う「秘密の合言葉」と言えるでしょう。
SNS上でもこの話題は注目を集めており、「動物の世界にも独自の言語があるなんて感動した」「親の声を聞き分けるヒナの賢さに驚き」といった驚嘆の声が寄せられています。種の保存のために、彼らが進化の過程で手に入れた情報の取捨選択能力には、生命の神秘を感じずにはいられません。
失われゆく霧笛と、変化する自然環境への考察
しかし、時代の流れとともに鳥たちを取り巻く環境も変化しています。かつて霧の深い厚岸湾で鳴り響いていた「霧笛(むてき)」は、GPS技術の普及によってその役目を終えつつあります。霧笛とは、視界不良時に船舶へ位置を知らせるための巨大な音信号ですが、カモメたちにとっては日常の背景音でもあったはずです。
今泉氏は、幼い頃からその音を聞いて育ったカモメたちが、静まり返った海をどう感じているのかと思いを馳せています。私自身、利便性の追求が野生動物の感覚世界に与える影響を無視できないと感じます。人間が作り出した環境音すらも彼らの生活の一部となっていた事実は、共生の難しさを物語っているようです。
2019年(令和元年)11月8日の執筆時点で、私たちは改めて自然との向き合い方を問われているのかもしれません。ハイテク化が進む一方で、40年前と変わらぬ「親子の会話」が大黒島で続いていくことを願ってやみません。動物の行動を観察することは、私たち人間が忘れかけている本能的な絆を再認識させてくれるのです。
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