日本企業の新規事業開発において、会議室に閉じこもって膨大な資料作りに没頭する光景は珍しくありません。しかし、2019年11月05日現在のビジネスシーンで最も欠けているのは、ターゲットとなる顧客の生の声を聞く「現地現物」の精神ではないでしょうか。実は、多くのプロジェクトが顧客不在のまま進んでしまうという皮肉な状況に陥っています。
世界中のイノベーションが集まるシリコンバレーでは、スタートアップの起業家や学生が街角で一般の人に声をかけ、熱心にインタビューを行う姿が日常茶飯事です。彼らは「どのような食生活か」「働き方の悩みは何か」といった問いを投げかけ、人々の生活に深く食い込もうとします。この泥臭いプロセスこそが、世界を変えるサービスの起点となるのでしょう。
今や巨大企業へと成長したエアビーアンドビー(Airbnb)も、創業期には創業者が自ら宿泊施設を回り、利用者の声を直接聞き続けたという有名なエピソードがあります。外部の調査会社が用意したモニターを通じたデータも有用ですが、自分自身の目と耳で直接ターゲットを観察し、対話することに勝る情報収集は存在しないはずです。
深層心理を掘り起こす「共感インタビュー」の魔法
私がスタンフォード大学の「d.school(デザイン・スクール)」で学んだ際も、講義の初日にバスで公園へ連れて行かれ、ホームレスの方々へのインタビューを課されました。d.schoolとは、人間中心の課題解決手法である「デザイン思考」の総本山として知られる教育機関です。そこで叩き込まれたのは、単なるアンケートではなく「共感インタビュー」という手法でした。
共感インタビューとは、相手の立場に深く身を置き、表面的な発言の裏側にある真意を理解しようとする対話術を指します。自分の仮説をぶつけるのではなく、相手が本当に話したいことに耳を傾け、「なぜそう思うのですか?」と深掘りしていくのです。まるで友人と雑談を交わすようなリラックスした雰囲気の中で、相手の心の扉を開くことが肝要となります。
SNS上でも「日本企業は形式的なヒアリングに終始しがち」という厳しい指摘が見受けられますが、この手法はそうした壁を打ち破る鍵になります。重要なのは、発言(Say)と行動(Do)だけでなく、その背後にある考え(Think)や感情(Feel)を四つの象限で分類して捉えることです。表層的な行動だけを見ていても、顧客が自分でも気づいていない潜在ニーズには辿り着けません。
家庭や職場を変える「観察」のチカラ
この考え方はビジネスに限らず、子育てなどの日常生活にも応用できるでしょう。例えば、子供が「朝ごはんを食べたくない」と訴えた際、単にメニューを変えたり叱ったりしても解決しない場合があります。もしその本音が「学校で嫌なことがあって行きたくない」という不安にあるならば、向き合うべき課題は食事ではなく心のケアへと変わるはずです。
私が所属するWiLの研修プログラムでも、受講生には必ず街へ出てもらい、見知らぬ人へのインタビューを実践していただきます。最初は誰しも拒絶されることを恐れますが、実際に断られる経験を積み重ねる中で、真摯に答えてくれる貴重な一人に出会える喜びを知るのです。直接顧客の声に触れた経験を持つ担当者は、社内のどんな批判にも屈しない強さを得られます。
私自身の考えを述べさせていただければ、デジタル化が進む2019年だからこそ、身体を動かして「手触り感のある真実」を掴む価値は高まっています。上司の顔色を伺う会議資料を1枚増やすよりも、天気の良い日に外へ出て、一人でも多くの顧客と対話してみませんか。そこには、どんな高度なAI分析でも導き出せない、未来を切り拓くヒントが眠っているに違いありません。
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