2020年度からスタートするはずだった大学入試改革の目玉、英語民間試験の活用が、実施まで残り5カ月という異例のタイミングで見送られることになりました。これまで準備を重ねてきた受験生や高校、大学、そして試験団体からは、やり場のない憤りや戸惑いの声が次々と上がっています。まさに「見切り発車」で突き進んだ結果、教育現場に拭いがたい混乱を招いてしまった文部科学省の責任は極めて重いと言わざるを得ません。
2019年11月01日、萩生田光一文部科学大臣は記者会見の席で、受験生との約束を果たせなかったことについて深く陳謝しました。これまで試験会場の確保などを民間団体に事実上「丸投げ」状態にしていたという反省も口にしています。閣僚自らが、制度設計の甘さを認める形となった今回の会見は、多くの国民に衝撃を与えました。
事態が大きく動き出すきっかけとなったのは、萩生田大臣の「身の丈に合わせて頑張ってほしい」という発言でした。この言葉が経済状況や居住地域による教育格差を容認するものだと批判を浴び、SNS上では「#身の丈」というハッシュタグと共に、受験生の平等性を訴える声が爆発的に広がったのです。文科省内では当初、延期によるさらなる混乱を懸念する慎重論もありましたが、世論の反発は無視できない規模にまで膨れ上がりました。
不透明な格差解消と政権への逆風
決定的な局面を迎えたのは2019年10月31日のことです。文科省が設定した公表期限を前に、ベネッセコーポレーションなどの実施団体が会場候補地を提示しましたが、依然として全体の詳細は不透明なままでした。どこで試験を受けられるのかさえ分からない状況では、受験機会の格差を解消できる見込みは立ちません。こうした不備が露呈する中で、省内でも「2020年度の実施は不可能」という空気が一気に強まっていったのです。
さらに、政治的な思惑も影を落としています。閣僚の辞任が相次ぐ中で、このまま不完全な制度を強行すれば安倍政権への批判がさらに強まるという危機感が、首相官邸との調整を急がせました。本来、教育の質や公平性を最優先すべき入試改革が、政権維持のための「火消し」のような形で方針転換を余儀なくされたことは、非常に残念でなりません。
「つぎはぎ」の対応が生んだ教育現場の疲弊
そもそも、目的や採点基準がバラバラな複数の民間試験を、一つの「共通の物差し」で比較すること自体、無理があるとの指摘は当初からありました。例えばCEFR(セファール)という、言語能力を評価する国際標準の指標を用いても、試験ごとの難易度や特性を完全に公平に扱うのは困難です。文科省はその都度、場当たり的な修正案を出す「つぎはぎ」の対応を繰り返してきましたが、それが教育現場の不信感をさらに煽る結果となりました。
それでも文科省が実施に固執したのは、これが改革の「最後の砦」だったからに他なりません。共通試験の複数回実施など、他の改革案が次々と頓挫する中で、英語の民間試験と記述式問題の導入だけは何としても死守し、組織としてのメンツを保ちたかったのでしょう。しかし、役所のメンツのために受験生の未来が振り回されるなど、あってはならないことです。
今回の白紙撤回による経済的損失も無視できません。すでに会場予約や設備投資を済ませた団体への補償問題や、選抜方法の再考を迫られる全国の大学への影響は計り知れません。文科省は今後1年かけて新たな結論を出すとしていますが、公平性と客観性という本質的な課題を短期間で解決できるのでしょうか。私は、形だけの改革を急ぐのではなく、今こそ現場の声に耳を傾けた地に足のついた議論を行うべきだと強く感じています。
コメント