【2019年最新】大学入学共通テストの英語民間試験が延期へ!「身の丈」発言が浮き彫りにした教育格差の真実

「人生を一発逆転させるためには、教育の力に頼るしかないのです」。2019年11月2日現在、生活困窮世帯の子どもたちを支える学生ボランティアの切実な言葉が、私たちの胸を激しく打ちます。一度貧困の連鎖に陥るとそこから抜け出すことは容易ではなく、経済的な格差がそのまま次の世代へと引き継がれ、固定化してしまうのが現代社会の冷酷な側面と言えるでしょう。こうした負のループを断ち切り、未来を切り拓く唯一の希望こそが教育であるはずです。

しかし、日本の教育行政を司る文部科学省は、あろうことかその教育の場に「格差」を助長しかねない仕組みを導入しようとしていました。2020年度からスタートする予定だった大学入学共通テストにおいて、英語の民間試験を活用するという方針です。この制度は、英検やTOEICといった民間企業が運営する試験の結果を合否判定に利用するものですが、受験料の負担や試験会場までの交通費など、受験生の住む場所や家庭の経済状況によって明らかな不平等が生じることが懸念されてきました。

SNS上でもこの問題は紛糾しており、「地方に住んでいるだけで不利になるのはおかしい」「親の金次第で受験機会が変わるのか」といった怒りの声が渦巻いています。教育における「機会の平等」という大原則が揺らいでいる現状に対し、多くの国民が強い不信感を抱いているのです。本来、すべての子どもに等しく開かれているべき学びの門戸が、家庭の懐事情によって狭められるような事態は、民主主義国家として決して看過できるものではありません。

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「身の丈」発言の波紋と迷走する教育行政

事態が急転直下、延期へと舵を切られた背景には、皮肉にも文部科学大臣による失言がありました。テレビ番組で放映された「身の丈に合わせて勝負してもらえれば」という発言は、まさにこの制度の本質的な欠陥を自ら露呈させてしまったと言えます。この言葉は、かつて池田勇人元首相が放ったとされる「貧乏人は麦を食え」というフレーズを彷彿とさせ、特権階級の慢心を感じさせます。教育の府が「個人の環境に甘んじろ」と突き放すのは、あまりに無責任な態度でしょう。

こうした混乱を受け、文部科学省は2019年11月1日、英語民間試験の導入延期を正式に発表しました。一度決めた方針を朝に出して夕方に改める「朝令暮改(ちょうれいぼかい)」という言葉がありますが、受験生の一生を左右する入試制度において、これほどの迷走は許されるものではありません。専門用語で言えば、試験の「公平性」と「妥当性」が完全に欠如していたのです。そもそも受験生全員に対して、民間試験を用いてスピーキング能力を測定する必要があるのかという議論も再燃しています。

論語には「過ちては改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」という教えがあります。間違いに気づいたら即座に正すべきだという意味ですが、今回の延期判断をこの言葉で手放しに称賛することはできません。なぜなら、これまで不安の中で対策を進めてきた受験生や高校現場の混乱は計り知れないからです。私は、教育こそが社会の最後のセーフティーネットであるべきだと確信しています。格差を固定するのではなく、格差を解消するための仕組み作りこそが、今求められているのです。

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